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12月・・・2010年も残りは僅かになった。
街ではクリスマスソングが流れ、ビルや街路樹・・・家々でもクリスマスのイルミネーションが光り輝いている。

ここは地方都市として発展をした度子果野市(どこかのし)の中心部。

私鉄と地下鉄が走り、度子果野駅を中心としてデパートを中核とした繁華街の度子果野1丁目とオフィス街の度子果野2丁目がこの街の中心だ。

日は既に落ち、街には色とりどりの明かりが輝いている。
オフィス街の通りは、会社を終えたサラリーマンやOLが行き交い、繁華街の大通りは歩行者天国になり、多くの人たちで賑わっている。

多くの人たちの行き交う大通りの一角に、なぜか赤いカーペットが敷かれ、その先には4つの金属製の箱が並べられている。
カーペットの上には6人の男たちが倒れている・・・しかし、道を行き交うカップルや家族連れの人たちは、なぜここにこんなものがあるのか、なぜ、人が倒れているのか、全く気にするそぶりがない。

クリスマスの街で、『男の人生を賭けた』逃走劇が始まる。









変身中

クリスマス編(前編)



作:逃げ馬







「うう・・・」
カーペットの上に倒れていた男の一人が、頭を抱えながら起き上った。
起き上った男は、あたりを見回すと、
「エッ? なぜこんなところに?」
状況が飲み込めずに呆然とする若い男・・・新谷正孝は、自室のパソコンで日課のネットサーフィンをしていたはずだった。
いつもチェックをするホームページを見ながら、「まだ更新をしてないよ・・・いつもながら遅いなあ・・・」そんなことを言っていた時に突然、画面に美女が現れた。

「そんなに女の子になりたいの?」

彼女が美しい微笑みを浮かべながらそう言った瞬間、画面から目も眩むほどの光が出て・・・?
そこから後の記憶が、新谷にはなかった。
ポケットに手を突っ込むと、中から紙を取り出した。
「なぜこんなものが・・・?」
ポケットに入っていたのは『逃走エリアマップ』と書かれた度子果野1丁目・2丁目の地図だ。
そして右腕の手首には、見慣れない時計らしきものが巻かれている。
戸惑いつつも改めてあたりを見回す。
道を行き交う人たちは、彼らがまるで“存在しないかのように”歩き去っていく。
そして彼の視線の先には、5人の男が倒れているではないか。
ハッとする新谷・・・その中に見慣れた顔を見つけたのだ。
「おい・・・野口! 戸田さん?! 秋山!!」
倒れている3人の肩を揺すって声をかける新谷。
「・・・?」
「うう・・・なんだよ・・・?」
目を覚ましてあたりを見回す三人。
それを確認すると、新谷はその先で倒れているすらっとした体つきの若い男と、頭の禿げた小太りの壮年の男に声をかけた。
「しっかりしてください・・・しっかりして!?」
新谷に肩をゆすられた二人も、やがて気がついて起き上るとあたりを見回した。
「新谷? なぜこんなところにいるんだ?」
後ろから聞こえる戸田の声を聞いて、新谷が振り返った。
「そんなの・・・俺にもわかりませんよ・・・」
頭を掻きながら、
「いつものようにネットサーフィンをしていて、あの人のホームページに行ったらいつのまにか・・・」
「おれもだよ・・・」
「僕もです!」
3人も声を上げる。
少し離れて彼らを見ている二人は顔を見合わせた。だが・・・。
「おれは違うぞ・・・そんなサイトに行くわけがない・・・TSFサイトなんて!!」
壮年の男が、禿げた頭を振りながら言った。
『誰も聞いてませんが・・・』
若い男性はそう思いながら苦笑をした。

新谷はポケットからさっきの地図を取り出すと3人に見せた。
「おれたち、ここにいるらしいですよ」
戸田が新谷から地図を受け取ると、3人が頭を寄せて地図を覗き込む。あちらで倒れていた二人もやってきた。
壮年の男が太った体で戸田と秋山を弾き飛ばすと、
「見せろ?!」
戸田から地図を奪い取った。
少しムッとした新谷が、
「あなたのポケットにもあるんじゃないですか?!」
キツイ口調で言った。戸田が脇から止めようとしている・・・新谷より年上である彼は、新谷が喧嘩をしやすい気性であることを知っているのだ。
心配そうに見守る若い男。
そんな周りにはお構いなしに、男は地図を見ていたが、
「度子果野? おい・・・ここはどこだ?」
「だから、その地図の場所でしょう?」
脇から秋山が言った。
「だから、度子果野ってどこなんだ?」
「僕たちだって知りませんよ!」
野口がムッとして答える。
男は舌打ちをした。
「使えない奴らだな・・・」
「なんですって?」
さすがに冷静な戸田も、気に障った・・・知らずしらずのうちにキツイ口調になっていく。
「おれの会社なら、お前たちは通用しないよ!」
男が鼻で笑う・・・今にも飛び掛かりそうな新谷を戸田は必死に止めている。

『これはまずい・・・』
こんな状況の時は、みんなが協力しなければ・・・・そう思った若い男性が新谷たちに歩み寄った。
「僕はネットのハンドルネームでは風雅といっています。 僕もあのサイトを見ているうちにここに飛ばされたらしくて・・・」
「なるほど・・・そうですか・・・僕は戸田といいます」
戸田は優しく微笑みながら一礼すると、新谷の脇腹を突いた。
「あ・・・新谷です」
スポーツで鍛えたらしい細身の体の男が頭を下げる。
「野口です」
眼鏡をかけた色の白い男が挨拶をした。
「秋山です」
戸田が離れた場所で周りを見て困惑をしている、あの壮年の男に声をかけた。
「あなたは?」
男は憮然とした顔をこちらに向けて、
「伊野だ!」
ムッとしてあの男に向って歩き出そうとする新谷を、風雅と戸田で必死に止める。
「やめろ!」
「今はもめている場合じゃないですよ・・・」
その時、新谷の動きが止まった。そして、
「おい・・・あれはなんだ?」
新谷が指を指す。
みんながそちらを見た。
視線の先には、銀色に鈍く光っている4つの金属製の箱が置かれている。
箱には透明なカバーがついていて、中には黒いスカートスーツを着た4人の美女が入っていた。
瞳を閉じ、まるで眠るような状態ではこの中に入っている4人の美女。
「まさか・・・?」
新谷が微かに震えだす。
戸田が唇をかみしめる。
「そういうことかよ・・・」
風雅は呟くと4つの箱を睨みつけながら奥歯を噛みしめた。
その時、

『フフフッ・・・ようやく気がついたみたいね』

どこからか声が聞こえてきた。
ハッとして周りを見回す6人・・・しかし、行き交う人たちは相変わらず自分たちなど存在しないかのように歩いていく。
『これからゲームをするわ』
「ゲーム?」
やっぱり・・・・そういう表情が5人にあらわれるが、
「おれは関係ないぞ! 早く戻せ!!」
伊野が周りを見ながら叫んでいる。
空から聞こえる声が『フフフッ』と笑っている。
『戻してあげるわよ・・・一時間逃げ切ればね』
「何を言っているんだ! 俺は・・・?!」
空に向かって大声で叫んでいる伊野にはかまわず、

『ボックスの前に付けられた6本の鎖を一人ずつ順番に引いてもらうわ。 そのうち一本だけがはずれの鎖・・・はずれを引けば・・・もうわかっているわよね』

「ああ・・・わかっているよ・・・」
風雅が呟く。
「逃げきってやるからな!」
新谷が空に向かって叫ぶ。

『フフフッ・・・』

空から笑い声が聞こえる。
新谷が右手に巻かれたタイマーを見た。風雅が、戸田や野口も右手に視線を落とす。
「アッ?!」
皆が声を上げた。

『60:00』

タイマーに時間が表示されている。
新谷が顔を上げて皆を見回す。
「よし・・・行こうか?!」
ニヤリと笑いながら言うと、みんなが肯く。
「フン・・・・」
離れた場所で伊野が鼻を鳴らすと、舌打ちをしながら足を貧乏揺すりさせている。

新谷は野口を見ると、
「野口、お前から行け!」
「ハッ?!」
キョトンとしながら新谷を見つめる野口。
「いや・・・お前が先頭で引けよ」
「なぜ僕が?」
「確率は6分の1で同じだから大丈夫だよ」
釈然としない野口は頬を膨らませながら新谷を見つめていたが、やがて小さくため息をつくとボックスに向かって歩き出した。

「引け引け・・・女になっちまえ!」
みんなの後ろで伊野がニヤニヤしながら呟く。

野口は鎖の付けられたボックスの前に立った。
少し離れた場所には金属製の箱が4つ・・・中では黒いスカートスーツの美女が瞳を閉じて、まるで眠っているような状態で立っている。
『美人だ・・・』
野口は思った。
しかし、美人だとは思っても、今の野口にはその女性達の美しさはそのまま『気味悪さ』に繋がっていた。
鎖の一本を手に取る。
「引くぞ!!」
後ろに向かって叫ぶと同時に、力いっぱい引っ張った。
金属的な音がして、鎖が地面に落ちる。
しかし、美女たちの入っているボックスは何も起きない・・・どうやら『あたり』だったらしい。

『おめでとう・・・ここから離れていいわよ』

空から声が聞こえた。
「それじゃあ、お先に!」
野口が新谷の肩をポンと叩く。
肩をすくめる新谷。

「よし・・・僕が行こう」
ずり落ちそうな眼鏡を治しながら、秋山が歩いて行く。
前に並ぶボックスを睨みつけながら、鎖を手に取る。
「行きます!!」
叫ぶと同時に鎖を引いた。金属音がして鎖が地面に落ちる。
次の瞬間、

『プシュ〜〜〜〜〜ッ・・・・』


空気が抜けるような音があたりに響き、金属製のボックスの透明なカバーが開いた。
中に入っていた美女達が目を開けた。

「逃げろ!!」
戸田が叫ぶと同時に、皆が走り出した。
皆より美女の入っていたボックスに近い秋山は必死に走る。
その背後から4人の美女が女性とは思えないスピードで追いかけてくる。
秋山が後ろを振り返った。
ボブカットの黒髪の美女がスーツのポケットに手を入れた。
ポケットの中からカードを取り出す。
「冗談じゃない!!」
必死に走る秋山。

新谷を先頭に、風雅、戸田とクリスマスで賑わう歩行者天国を行き交う人をかき分けながら走る。
「ヒイ、ヒイ、ヒイ・・・」
伊野が腹を突き出し。息を切らせながら必死に走る。
後ろを振り返ると、秋山がすぐそこに来ている。
その後ろからは・・・?
「ヒイ〜〜〜〜〜ッ?!」

伊野の叫び声を聞いた戸田が振り返った。
次の瞬間、思わず、
「アッ?!」
声を上げていた。
皆も一瞬立ち止まって振り返った。

伊野が右足を突き出した。
追い越そうとしていた秋山は、全力で走っている。
避けきれずに伊野の足につまずき、道に転倒した。
伊野はニヤリと笑うと、また腹を突き出しながらドタドタと走る。
秋山も立ち上がろうとした。
後ろを振り返ると・・・・?
「クソッ!!」



『ボン!!』



赤い閃光と白煙が沸き立った。

「なんだ?!」

秋山の体は宙に浮かんだようになり、その後どこかへ向かって“落ちて”行く。
秋山はドスンと尻餅をついた。
「痛い・・・」
秋山は顔をしかめながら辺りを見回した。
「ここは・・・まさか?」
ステンドグラスから入る光や、蝋燭の温かい光が秋山を照らしている。
そして秋山の正面には、大きな聖母像が・・・。
彼がいるのは、立派な礼拝堂の中だった。
「まさか・・・?」
秋山の中に、いやな予感が渦巻く。
『早く逃げなければ』
そう思った時、礼拝堂の中に乾いた足音が響く。 秋山はハッとして振り返った。 そこには美女・・・秋山を捕まえた“鬼”が微笑を浮かべながら立っていた。
「僕を元の場所に戻せ!」
秋山は美女に詰め寄った・・・しかし、美女は微笑むだけだ。

「さあ、一緒に聖母様にお祈りしましょう・・・」

彼女の微笑む笑顔を見つめる秋山。

『早く逃げろ!!』

心の中ではそう思っているのだが、彼女の大きな瞳を見ているうちに秋山は自分の意思に反して、彼女と一緒に聖母像の前に進んでいった。
「さあ、一緒に祈りましょう・・・」
彼女が秋山を見ながら微笑む。
秋山は床に膝を着いた。

『危ない! やめろ!!』

秋山の理性が叫んでいる。
しかし、秋山は目を閉じて両手を合わせた。
次の瞬間、

「?!」
秋山はおなかの部分に違和感を感じた。
『何かが張り付いた?』
秋山は目を開けて視線を落とした。 
秋山の腹に、チューブのようなものが付いているではないか?
視線でチューブの行方を追うと、その先は聖母像のお腹に・・・?
秋山は驚いて、横で祈り続ける美女に視線を向けた。
彼女は祈りをやめて、秋山の目を見た・・・その顔には美しい微笑が浮かぶ。

「あなたはこれから、聖母様の子供になるのよ」

秋山は、まだ彼女の言葉が理解できなかった・・・いや、認めたくなかったのだ。
その言葉の意味が理解できたのは、彼の体に変化が起き始めたときだった。
チューブを通じて、何か暖かいものが秋山の体に流れ込んでくる。
秋山は、思わず自分の体を抱きしめた。 自分の知っている男の体とは感覚が違う・・・まるで体全体が敏感になってしまったようだ。
「あれっ?」
秋山は体を抱きしめている手に違和感を感じた。
日に焼けているはずなのに、色が白い? それに皮膚だってこんなにすべすべ・・・肌理が細かかったかな?
そんなことを思っている間に、彼の体は次の変化を迎えていた。

頭がムズムズする。
秋山が頭に手を当てると、いつもより細く感じる髪が、スルスルと伸びてくる。
秋山は“自分の髪”を手にとって見た。まるで“女性の髪”だ。
「?!」
秋山の着ているトレーナーは、肩の部分がダボダボになってしまった。
思わずウエストに手をあてる秋山・・・彼の胴の今までよりも高い場所に女性としか思えない独特の“くびれ”ができているではないか。
ズボンのベルトから音がした。
ウエストが細くなったので、ベルトがブカブカになってしまったのだ。
それとは反対に、ヒップが大きく膨らんでジーンズがはち切れそうになっている。
気が付けば、足も内股になっているではないか?

礼拝堂に響く祈りの声が大きくなる。
周りを見回すと、ブレザーの制服を着た女子学生が、祈りをささげている。 さっきまで、誰もいなかったはずなのに?
そう思っていた秋山の履いているジーンズが、どんどん短くなっていく。
ジーンズの両足がひとつにつながり、色は紺色になり、表面には襞とチェックの模様が入っていく。
「これって?」
呟いた秋山の声は、すっかり女の子のものだ。
戸惑っている秋山から、穿いていたトランクスの感覚がなくなった。
変わりに、ずっと狭い面積を滑らかな肌触りの下着がすっきりとした股間と大きく膨らんだヒップを一緒に包んでいる。
「これって・・・女の子の下着・・・」
呟きながら、顔が赤くなる秋山。
女性の下着を穿いたことで、股間から男性の象徴が無くなってしまったことを改めて思い知らされる。
その間にも秋山の体の変化は続いている。
胸がムクムクと大きくなり、小さくなった体の中で、そこだけが“男性だったころと同じ幅”を保っているようだ。
ただし、それは“女性のバスト”ができたためなのだが・・・。
「アッ?!」
思わず声をあげる秋山。
シャツの下で、胸が何かに軽く締め付けられた。
バストの重さが、肩紐で分散される・・・これは?・・・ブラジャー?
ふと見ると、シャツはスクールブラウスに変わり、胸に赤いリボンタイがつけられていた。
大きく膨らんだバストをサポートするブラのラインが薄っすらと透けて見える。頬を赤くする秋山。
「ああっ?・・・そんな?」
恥ずかしくなり、細くしなやかな指を持つ両手で顔を覆う秋山。
そこに感じるのは弓のように細い眉と、長い睫・・・ふっくらと膨らんだ唇。すっかり細くなった顔のラインと、何よりも肌から手のひらに伝わる“女性の肌の感触”だ。
そんな彼の恥じらいを知ってか、ブラウスの上にクリーム色のベストと紺色のブレザーが現れた・・・・そう、この礼拝堂にいる学生たちと同じように!!
「そんな・・・僕は?」
自分の体を見下ろす秋山。
そこには”男性であった”面影はない。

次の瞬間、聖母像から放たれた眩い閃光が彼を包んでいた・・・。



「あなたは、なんてことをしてくれたんだ!!」
新谷が、顔を真っ赤にして伊野に詰め寄っている。
「おまえ何言ってんだ・・・」
ああ・・・足が痛い・・・足をさすりながら、伊野が笑っている。
「そりゃあ、全力で走っている人間の足をひっかければ痛いでしょうよ!」
野口が睨みつけている。
「ああしてなきゃ、俺が捕まっていたんだよ」
「それなら、彼が捕まるのは良いのですか?」
戸田が怒りをこらえながら言った。
「俺が捕まるより・・・な・・・・」
伊野はニヤリと笑うとたちあがった。
「お前達といると、捕まりそうだから行くわ・・・」
じゃあな・・・そういうと、伊野は雑踏の中に姿を消した。
小さくため息をつきながら、風雅は伊野の後姿を見送った。
携帯電話から着信音が鳴った。皆がポケットから携帯電話を取り出した・・・メールだ。




確保情報

秋山誠はブレザーの制服を着た女子高校生になった。

残りは5人






動画が添付をされていた。
クラスメイトらしい女の子と一緒にクリスマスツリーを見上げる女性用の眼鏡をかけたブレザーの制服姿の美少女・・・彼女が秋山なのか?
「・・・くそっ!」
新谷が荒々しく携帯電話をジャンパーのポケットに戻した。
「なんてこった・・・」
戸田もスーツのポケットに電話を戻した。
溜め息をつく彼らの目の前を、サラリーマンやOL、家族連れが楽しそうに歩いて行く。
「僕達だけが別世界ですね・・・」
野口が小さく笑った。
戸田が手を叩いた。
「さあ、残りは50分・・・とにかく逃げきろう!」
話はそれからだ・・・そう言うと、戸田は辺りに注意をしながら歩き始めた。
新谷が、野口が、風雅が戸田の後に続く。
新谷が立ち止り、またポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出した。
「どうしたんですか?」
野口が新谷の手元を覗き込む。
「いや・・・」
新谷が携帯電話を操作して、さっき届いたメールを呼びだした。
また女子高校生になってしまった秋山の動画を見ている。
「どうしたんだよ?」
戸田も新谷を見つめている。
「いや・・・」
新谷が携帯電話を閉じるとポケットにしまった。
「すっかり可愛い女の子になってしまったなって・・・」
「・・・」
呆れたような眼差しで新谷を見つめる野口。
新谷は口を尖らせながら、
「・・・美少女になるのはTSFの“鉄則”だろ?!」
「・・・鉄則って・・・(^^;」
思わず笑い出す風雅に、
「これくらい可愛くなれるなら、捕まって女の子になってもいいですよね」
新谷が冗談めかして言った瞬間。
「来たぞ!!」
風雅が叫ぶ。
皆が後ろを振り返ると、スカートスーツを着たロングヘアの美女が歩いている人を巧みなフットワークでかわしながら走ってくる。
「逃げるぞ!!」
戸田が叫ぶと同時に走り出す。
風雅が、野口が、そして新谷が走り出す。
「捕まって女の子になるんじゃないんっすか?!」
野口が叫ぶと、
「“美女”になれるとは限らないからな!!」
「鉄則じゃなかったんですか?」
風雅が叫びながら走る。
道にはサラリーマンやOL、カップルや家族連れが行き交っている。
新谷が後ろを振り返る。
スカートスーツ姿の美女が彼らに迫ってくる。 歯ぎしりをする新谷。
「集まっていると捕まりますよ!!」
風雅が叫ぶ。
「よし、みんな散らばるぞ!!」
戸田が言うと同時に左に曲がって路地に入る。
風雅はちょうど青信号だった横断歩道を駆け抜けて行く。
新谷と野口が直進して走っていく。
野口が振り返る。やはりあの美女が追ってくる。
彼らの前に大通りの交差点が迫ってきた。
ふと横を見ると新谷の息が荒くなっている。 その呼吸を聞いていた野口が、
「ここで別れましょう!」
そう言うと同時に真っ直ぐ横断歩道を渡っていく。真っ直ぐ走ることで彼女の注意を引き付けるつもりだろうか?
野口の走る先は度子果野2丁目・・・オフィス街だ。
信号が点滅すると、赤に変わった。
新谷は左へ曲ると同時に、ケーキショップの行列の陰に隠れた。
並んでいる人の間から様子を窺う新谷。
美女はしばらくあたりを見回していたが、やがて諦めて歩き去って行った。
ホッとする新谷。すると、
「メリークリスマス!」
突然聞こえた声に飛び上がらんばかりに驚いた。
振返るとミニスカートのサンタの服を着た美少女がニコニコ笑っていた。
彼女は白い袋から、
「はい、プレゼントです」
小さな箱を取り出した。
新谷は憮然とした。
『こんな時に・・・』
そんな気持ちがわきあがる。もちろん、目の前の女の子が悪いわけではないのだが・・・。
「いらないよ・・・」
そう言うと、新谷は女の子を残して辺りを見ながら歩いて行った。



度子果野2丁目の歩道をスーツ姿のサラリーマンや制服姿のOLが行き交っている。
ガラス張りのビルや、いかにもオフィスビルと言った感じのコンクリート造りのビル。
そうかと思えば外壁を赤いレンガ風のタイルで覆ったビルなど、それぞれ個性がある。
そのオフィスビルの一階には働く人たちを目当てにコンビニエンスストアやレストランが入居をしている。
その一角に行列ができていた。
列の先にあるのは、やはりケーキ屋だ。
野口明史は、その行列に紛れ込んでいた。
ここはオフィス街。道を歩くスーツ姿の女性を見ただけで“鬼”ではないかとドキッとしてしまう。
右腕につけられたタイマーに視線を落とす。



『46:00



『まだまだだな…』
もう1時間たってしまったような感じなのだが・・・先は長い・・・思わずため息をついてしまう。
その時、
「メリークリスマス!」
突然かわいらしい声が聞こえて野口は振り返った。
彼の後ろでミニスカートのサンタの服を着た美少女が可愛らしい微笑みを浮かべて立っていた。
彼女は白い袋から、
「はい、プレゼントです」
小さな箱を取り出した。
「僕に?」
「はい!」
彼女が手のひらにリボンのついた小さな箱を載せて野口に差し出した。
「いいの?」
『なぜ僕に・・・?』
そんな思いが野口の頭を駆け巡る。
しかし彼女は微笑みを浮かべたまま頷いた。
「ありがとう!」
野口もにっこり笑うと、リボンのついた箱を受け取った。
彼女は微笑みながら一礼すると、列に並ぶ他の客にもプレゼントを配っていく。
「何かの・・・キャンペーンかな?」
野口は手の中の小さな箱を見つめていた。



伊野誠一はメタボ気味の大きなお腹を揺らし、息を切らせながら走っていた。
ここは度子果野1丁目…繁華街で人通りも多い。
伊野の追いつめられた感覚は、女性を見るとだれもがあの“鬼”に見えてしまっている。
伊野はデパートの前にやってきた。デパートの入口に人だかりができている。
前の人の肩越しに何があるのかと覗き込む伊野。
人の輪の中では、ミニスカートのサンタの衣装を着た女の子が、何かを配っている。
『何かがもらえる!!』
そう思った瞬間、伊野は前に立つ人たちをかき分けてサンタの女の子の前に進んでいく。
「誰だ?」
「なんだよ、このおっさん?!」
押しのけられた人たちがムッとした表情で伊野を睨みつけるが、そんなことはお構いなしで女の子の前に辿り着いた伊野はさっと手を出し、
「俺にもくれ!!」
ニヤニヤしながら手を出して催促をしている。
サンタの女の子は、困惑をした表情を浮かべていたが、やがて気を取り直して微笑みを浮かべると、
「メリークリスマス!」
伊野にもリボンのついた小さな箱を手渡した。
伊野は掌で重さをはかるような仕草をしていたが、
「なんだ・・・つまらないものだな!」
そういうと、また人垣をかき分けて歩いて行った。
伊野は手にした箱を見つめながらニヤニヤとしている。その時、
「アッ?!」
デパートの陰から若い男が飛び出てきた。
「失礼!」
若い男性が伊野に声をかけた。
「なんだ・・・お前か?」
「あ・・・あなたは・・・?」
伊野にぶつかりそうになり、危うくかわしたのは新谷正孝だった。
「“鬼”はどうした?」
「追いかけられましたが、まきましたよ・・・」
伊野はフンと鼻を鳴らすと、
「まあ、お前にしては上出来かな・・・?」
新谷はムッとした表情を向けている。
「まあ、今度はつかまって女にされちまうだろうがな・・・」
伊野は卑しげな笑みを浮かべると、歩き去って行った。
こぶしを握りしめ、懸命に怒りを堪える新谷。
その時、
「メリークリスマス!」
可愛らしい声が聞こえ、横を見ると赤いミニスカートのサンタの衣装を着た女の子が立っている。
「はい、プレゼントです」
彼女は小さな箱を新谷に差し出したが、
「・・・いらないよ!」
伊野のことで頭に血が上っている新谷は、プイっと横を向くと歩き去って行った。



戸田康司(とだ・やすし)は、デパートと道を隔てた反対側にあるブランドショップの並んでいる通りを歩いていた。
時計やバッグ、背広や女性用のアウターからランジェリーまで、いろいろな店が並んでいる。
ショーウインドウに映っているスーツとネクタイ姿の自分の姿を見る戸田。
自分の映るショーウインドウの向こうには女性のランジェリーがたくさん並んでいる。
『下手をすると、あれを着なきゃいけなくなるぞ・・・』
思わず苦笑いをしてしまう。
戸田は再び歩き始めた。
大学時代はサッカーをして今も休日は仲間とフットサルを楽しむ戸田だが、今はスーツにネクタイ、そして足元は皮靴・・・この格好では、鍛えた脚力も半減だ。
辺りに目を配りながら歩く戸田。
歩道も、歩行者天国になっている車道も人があふれている。
「まずいな・・・」
思わず呟く。
これだけ人が多いと、“鬼”が来ても見つけるのが遅れてしまいそうだ。
ふと見ると、前から見慣れた顔が歩いてきた。
「野口じゃないか・・・」
人混みの間を抜けるように、野口が歩いてきた。 戸田の顔を見ると安心したように微笑みが浮かんでいる。
「戸田さん・・・」
「どうして戻ってきたんだ?」
「あっちは鬼を見つけにくいので」
みんながスーツなのでわかりにくいのですよ・・・野口が笑う。 つられるように戸田も笑った。
ここだってそうだよ、人混みだろう?・・・戸田がそう言った瞬間。
「ほらね!」
戸田が指をさした。
野口もそちらを見た。歩く人たちを巧みによけながら、後ろからポニーテールに髪を纏めたスカートスーツの美女・・・“鬼”が二人に迫ってくる。
「きたきた!!」
野口が叫ぶと同時に二人が走り出す。
二人が歩道の人込みをすりぬけるように走る。
その後ろから美女・・・“鬼”が女性とは思えない速さで二人に迫る。
戸田と野口は、裏通り・・・ビルの間の路地に入った。
飲み屋の看板をすり抜けるように二人は走る。
戸田が自動販売機の陰に隠れた。野口もその横に並ぶように隠れる。
“鬼”は表通りに立ち止り、路地を覗き込んでいる・・・そう、二人が『次の動き』をするのを待っているのだ。
二人が動いた瞬間、彼女が猛スピードで走り二人を“確保”するのだ。
それがわかっているだけに、二人は息をひそめて彼女が立ち去るのを待っている。
「さっさと行っちまえ・・・」
野口が呟く。
彼女はしばらく表通りで様子を窺っていたが、やがて二人は逃げ去ったと思ったのだろうか? 辺りを見回しながら立ち去った。
大きく息をつきホッとする二人。
お互いに顔を見合わせると、思わず笑い出した。




風雅は戸田と野口の隠れている場所からさほど離れていないレストラン街の一角、イタリアンレストランの入口の看板とイタリア国旗の陰に隠れていた。
クリスマスの飾りつけをした店は、カップルで賑わっていた。
しかし風雅にとってはそんなことに目をやっている場合ではない・・・なにしろ“鬼”に捕まれば、彼はカップルの『女性側』にされてしまう可能性だってあるのだから・・・。
息をひそめてあたりの様子を窺う風雅。突然、
「良い隠れ場所じゃないか?」
ふと声の聞こえた方を見るとニヤニヤしながら伊野がこちらを見ている。
『あなたとは関わりたくないのだが・・・』
そう思いながら伊野を見つめる風雅。
「俺もここに隠れさせてもらうぞ」
風雅の横に座り込む伊野。
風雅は困惑したように小さくため息をついた。
その間にもレストランにクリスマスを楽しむカップルが入っていく。
伊野はその女性達を目で追いかけ感嘆のため息をついている。
そんな伊野を見て、風雅が呆れていたその時、
「風雅さんじゃないですか・・・」
顔を上げると、新谷がこちらを見て微笑んでいた。
新谷はタイマーを指差しながら、
「残り40分、頑張りましょう!」
風雅も肯くとニッコリ笑って右手の親指をたてた。新谷も肯くと伊野に一瞬視線を走らせたが、
「では!」
と右手を上げると歩いて行った。
「フン、俺に何も言わないなんて礼儀知らずな奴だ」
あれでも社会人なのかな・・・いや、ニートに違いない・・・そうだろう?・・・伊野が風雅に話しかけるが、風雅は相槌も打たなかった。
こういう話題の時には話すだけ話させて関わらないに限る。
相手をしてくれない風雅にしびれを切らせた伊野が、
「なんとか言えよ!!」
叫んだその時、大通りの方から足音が迫ってきた。ボブカットの艶やかな髪を揺らしながら、美女がこちらに走ってくる。
「“鬼”だ!!」
風雅が叫ぶと同時に走り出す。
伊野は咄嗟にイタリア国旗を体に巻いた。
美女は走っている風雅を追いかけてくる。
「くそ!」
風雅はちらりと後ろを見ながら舌打ちをした・・・きっとさっきの大声を聞きつけたに違いない・・・さっさと追い出しておくべきだったな。
そんなことを思っていた。
大通りに出ると、駅の方に走っていく。
駅にも、反対車線のデパートにも人が多い。
「そうだ!」
風雅は駅前の地下鉄への地下通路の階段を駆け降りた。
後ろを見ると美女・・・“鬼”も追ってくる。
風雅が行き交う人を巧みに避けながら、反対車線への階段を駆け上がる。
駆け上がると、デパート前に人混み・・・あのサンタにプレゼントをもらうために並んでいる人たちの輪に加わった。
後ろを振り返る風雅。
“鬼”はしばらくあたりを見回していたが、諦めて歩き去って行った。
風雅は大きくため息をついた。
その時、
「メリークリスマス!」
風雅の前でかわいらしい声が聞こえた。
ミニスカートのサンタの服を着た美少女が可愛らしい微笑みを浮かべながら。
「はい、プレゼントです」
小さな箱を取り出した。
「・・・?」
「はい!」
彼女が手のひらにリボンのついた小さな箱を載せて風雅に差し出した。
「僕に?」
戸惑う風雅に、彼女は微笑みを浮かべたまま頷いた。
「ありがとう!」
風雅はにっこり笑うと、リボンのついた箱を受け取った。
彼女はしばらく風雅の顔を見つめていたが、
「それでは!」
と言うと、歩き去って行った。
風雅は手渡されたリボンの付いた小さな箱を見つめていた。



その時、5人の携帯電話が一斉に鳴った。 メールだ。




ミッション@

度子果野駅前広場と度子果野デパート前・・・2か所に“鬼”のボックスを設置した。
残り35分になると、それぞれのボックスから“鬼”が放出される。
それを阻止するにはサンタの配っていた『プレゼント』をボックスに付けられた靴下にいれなければならない。
ミッションに参加するか、しないかは諸君の自由だ。






「しまった・・・!」
そう言うことだったのか・・・と新谷正孝は唇をかんだ。
あの時に腹をたてずに彼女から受け取っていれば・・・まだ、彼女はあそこにいるのだろうか?
彼女にプレゼントを貰って“鬼”の追加を阻止しなければ・・・。


「フン!」
伊野誠一は、イタリア国旗に包まったまま鼻を鳴らした。
誰がそんな危ない真似をするんだ・・・あいつらがするだろう?・・・いや、奴らこそがするべきだ!!
俺がするべき事じゃない!!



「行くしかないな・・・」
野口明史は手の中の小さな箱を見つめながら呟いた。
「その箱の事か?」
戸田康司が小首を傾げた。
「そうなんですよ・・・」
「よし、僕も行こう・・・」
二人の方がいいだろう・・・気を付けないとな・・・戸田はそう言うと腰を上げた。


「度子果野デパート・・・か・・・?」
携帯電話をジャケットのポケットに戻すと、風雅は辺りを見回した。
ちょうどデパート前で彼女から“プレゼント”をもらえたのはラッキーだった。
この近くにボックスがあるはずだ・・・そう思い辺りを探す。
“鬼”に捕まる危険もあるが、相手が二人も増えるよりはマシだ・・・そう思いながらデパートに置かれているはずの“鬼”の入っているボックスを探している。
「あるとすればデパートの外側だろう・・・」
風雅は右手にプレゼントの箱を持ち、人をかき分けながらボックスを探している。
ボックスを探すだけではなく、自分を追う“鬼”にも注意を払わなければならない。そして・・・。
右手に視線を落とす、


『37:31』



時間がどんどん過ぎて行く。
「やばいな・・・」
この寒い時期なのに額に汗が出てきた。
ボックスはなかなか見つからない。
『まさか・・・デパートの中なのか?』
そんな思いを抱き始めたその時、
「あった!!」
デパートの入り口、コンシェルジェのいるカウンターの横にあの銀色のボックスが置かれている。
ボックスの中には、黒いスカートスーツ姿の美女が瞳を閉じてまるで眠っているようだ。
風雅はボックスに駆け寄った。ボックスに付けられた透明なカバー。そしてロック部分では、赤いランプがついてデジタル表示がカウントダウンを進めている。
そして、靴下がぶら下げられている。
風雅は右手の箱を見つめると、思わず微笑んだ。
「プレゼントをあげるから、ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと寝ていてください」
風雅はおどけた口調で言うと、靴下に手にしていた箱を入れた。
するとランプが緑色に変わり、カウントダウンがストップした。
「よし・・・!」
風雅は大きく息をつくと、改めてあたりの様子を窺った。
『こんなものが置いてあったら、変に思うだろう?』
普通の感覚ならばそうなのだが、ここにいる人たちは、まるでこのボックスが目に入っていないようだ。
『あいつの力がそうさせているのかな・・・』
風雅は思った・・・そう、この世界ではある意味絶対の存在の女性・・・そいつを相手にこの“ゲーム”を逃げ切らなければいならない。
「長居は無用だな」
同じ場所にいると危ない・・・風雅は呟くと、デパートの外に出た。
携帯電話を取り出すと、ボタンを押した。




野口明史と戸田康司は歩道を行き交う人たちをかき分けるように駅へ向かって急いだ。
二人の前にデパートと駅が見えてきた。
走りながらも、辺りを見回して“鬼”が来ないか注意をしている。
戸田の携帯電話が鳴った。
「戸田です」
「風雅です。度子果野デパートのボックスは止めました」
「ありがとう! 僕達は駅のボックスに向かうよ」
戸田が電話を切ると野口が肯いた。
「急ぎましょう!」
タイマーに視線を落とすと、



『36:00』



厳しい寒風の中を走る二人の額に汗がにじむ。
背筋に冷たい物を感じて戸田が後ろを振り返ると、
「来たぞ!」
後ろから道行く人を交わしながらロングヘアの美女・・・“鬼”が二人に迫る。
「君は駅に行け!!」
戸田は野口に向かってまるで怒鳴るように言うと立ち止まった。 後ろを振返り“鬼”と視線を合わせる。 
“鬼”の顔に美しい・・・いや、恐ろしい微笑みが浮かんだ。
「戸田さん?!」
後ろを振り返りながら野口が叫ぶ。
「早く行け!!」
戸田が振り返りもせずに叫ぶ。
“鬼”が戸田に迫る。ポケットに手を入れるとカードを取り出した。
戸田はニッコリ笑うとカードを貼り付けようとした“鬼”の手を寸前でかわした。
それと同時にわき道に向かって走り出す。 
“空振り”をした鬼は戸田の後を追った。



『戸田さん・・・』
野口明史は唇を噛みしめながら走った。
『戸田さんは・・・“鬼”から逃げ切れるだろうか・・・』
女とは思えない・・・あのとてつもなく速い足から・・・・逃げきって欲しい・・・戸田はそう思いながら懸命に走る。
度子果野駅前のボックスは、すぐに見つかった。
靴下の中にあのサンタからもらったプレゼントを入れた。
点滅をしていた赤いランプが緑色に変わり、カウントダウンのタイマーが止まった。



『00:07』



大きく息をつく野口。
「・・・・危なかった・・・」
呼吸を整えようと深呼吸をしながら駅の広場をフラフラと歩くと、ジュースの自動販売機までやってきた。
ポケットから小銭を出すと、投入口に入れてボタンを押す。
大きな音とともに取り出し口に缶コーヒーが出てきた。
缶を開けると一気に飲み干した。
大きく息をつき、野口に明るい表情が戻った。
これでもう一度戦える・・・・野口は思った。
「戸田さんを探しに行こう」
野口は戸田と別れた場所に向かった。



戸田が走る。
その後を美女・・・“鬼”が追う。
戸田康司は必死に走っていた。
履いているのは皮靴・・・・足の裏やかかとに痛みが走る。
昔見ていた刑事ドラマではよくこんな靴で走っていたものだな・・・一瞬そんな事を思ったが、
「まだ来てやがる・・・」
後ろを振り返ると、やはり“鬼”が追いかけてくる。
行き交う人を避け、ブティックの看板を上手く避けながら走る。
戸田の呼吸が荒くなっていく。
後ろを振り返ると、“鬼”がすぐそこに来ている。
“鬼”の手が伸びる。




「クソ〜〜〜〜〜〜ッ!」



『ボン!』


鈍い音とともに赤い閃光と白煙が辺りを包む。

戸田の視界は真っ白になった。
そして甘い香りのする風が戸田の周りを渦巻いている。
「なんだ?!」
戸田は眼を開けている事も出来ない。
戸田の短い髪がスルスルと伸びて行く。
その間にもスーツの胸の部分が窮屈になっていく。
そしてそれとは逆に袖やズボンはブカブカになっていく。
「体が縮んでいるのか?」
確かめたくても突風の中で立っているのがやっとの戸田は確かめる事も出来ない。
美しいロングヘアの黒髪は、風に煽られて靡いている。
スーツのズボンのお尻の部分は丸く膨らみ、それはまるで“女性”のようだ。

変化はついに服にも及んでいた。
戸田の着ていたシャツはスルスルと短くなり、新たに生まれた形の良いバストをキュッと包みこむ。
「アッ?!」
思わず上げた戸田の声は聞きなれた自分のものとは違う“女の子の”声だった。
トランクスは滑らかな肌触りに変わり、戸田のすっきりとしてしまった股間と大きく膨らんだ形の良いヒップを包む。
Yシャツは滑らかな肌触りのブラウスに変わり、胸元には白い大きなリボンが現れた。
グレーのスーツは、明るい水色のベストに変わった・・・胸元には以前とは違うなだらかな膨らみがある。
ズボンはすでに短くなってしまっている・・・まるで“半ズボン”のようだ。
そして上着と同じように水色に変わると両足の“トンネル”は一本に纏まりタイトスカートになってしまった。
そこから伸びるのは無駄毛など一本もない美しい“女性の足”・・・その美脚にストッキングがかぶせられ、革靴は踵の高いパンプスに変わってしまった。
風が収まり、再び閃光が戸田を包んだ。



「・・・」
誰かが戸田の体を揺すっている。
ハッとして周りを見る戸田。
街を逃げていたはずなのに、今は何故かどこかの会社のオフィスにいるのだ。
『なぜ・・・?』
状況が理解できずに呆然とする戸田。
自分の体を見下ろすと、何故か美しい足が見える。
『エッ?・・・スカート?!!』
少し視線をあげると、胸元がふっくらと膨らんでいる。
自分のものとは思えない細い指を胸にあてると、そこには豊かな膨らみが?

「真希?・・・何をしているのよ?」
横で仕事をしている女の子が呆れたようにこちらを見ている。
「だって・・・男なのになぜか女の格好を・・・?」
「だって、あなた・・・女の子じゃない?」
そう言うとケラケラと笑っている。『ほらね』と言いながら手鏡を差し出す。
鏡の中に映っているのは、20歳くらいにしか見えない、OLの制服を着た美女だった。
『そんな・・・ボクは・・・』
戸田の頭の中で、まるでスイッチが切り替わったように何かが変わっていく。
「アッ?!」
戸田の口から甘い声が漏れた。
振返ると、ショートカットの髪のOLが戸田の胸をもんでいる?
胸から伝わる“女性の感覚”が戸田の男の心を溶かして行く。
「こんなに大きな胸なのに、どこが男なのかな? 真希ちゃん」
「アアッ・・・やめてよ・・・」
みんなが笑いだす。
「ハイハイ・・・仕事に戻ろう!」
ニコニコしながらみんなが席に戻っていく。
『わたしは・・・なぜあんなことを思ったのかしら?』
戸田真希は、小首を傾げながら視線をコンピューターのディスプレイに戻した。
今日はクリスマス・・・早く仕事を終わらせなきゃいけないのに・・・・なぜ男だなんて思ったのかな?
戸田の男の心は“女性の感覚”によって、すっかり女性に置き換わってしまった。








着信音が鳴った。
メールだ。



ミッション@結果

風雅と野口明史の活躍により、“鬼”の放出は阻止をされた。






「風雅さん、野口・・・やったな・・・!」
新谷正孝の顔に微笑みが浮かんだ。



「フン・・・いい格好しやがって・・・」
伊野誠一は舌打ちをしながら荒々しく携帯電話を閉じた。
「・・・まあ、おれならばもっと早く閉鎖をしていたがな」
その時、また携帯電話が鳴った。



確保情報

戸田康司はOLになった。
残り4名





「ざまあみろ!」
俺に逆らうからだ・・・伊野はにやにやと笑っていた。


「戸田さん・・・」
新谷が唇を噛みしめる。

「捕まったのか・・・」
風雅が苦しそうな顔をする。


「・・・・・」
じっと携帯電話の画面を見ていた野口は、ゆっくりと携帯電話をポケットにしまった。
僕を逃がすために戸田さんが捕まってしまった・・・今にも感情が爆発しそうな野口は唇を噛みしめ、懸命に感情を抑えていた。



身中

クリスマス編(前編)

(おわり)








この作品に登場をする団体・個人は実在のものとは一切関係はありません。




2010年12月 逃げ馬





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