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TSプリンタ


作:逃げ馬




深夜

ベッドに入っていた僕は、玄関から響くインターホンの音に、眠りを破られた。
まだ眠りから覚めていない頭を振り、意識をはっきりさせると、立ち上がりインターホンまで歩き、ボタンを押した。
「はい・・・・?」
寝ぼけた声で問いかける。
モニター画面には、宅配便の帽子をかぶった青年が映っていた。
「夜分恐れ入ります。 “トランスデリバリーサービス”ですが、ご注文の品物をお届けに来ました」
インターホンのモニター画面越しに青年の言葉を聞きながら、僕は寝ぼけだ頭で記憶をたどった。

そういえば、数日前にネットサーフィンをしている時に、変わった物を見つけて注文をした・・・おそらく、それが届いたのだろう。
「しばらくお待ち下さい」
そう答えると、僕はパジャマ姿のまま玄関に向かった。
ドアを開けると、夜の空気が部屋に入ってくる。
作業服姿の青年が、
「こちらにはんこをお願いします」
青年が差し出した伝票にはんこを押すと、
「畏れ入りますが、ちょっと大きい物ですので、手伝っていただけますか?」
「ああ・・・いいですよ」
僕はサンダルを履いたまま玄関を出た。
そこには、ハザードランプを点滅させたトラックが停まっている。
青年が荷台のドアを開けると、中には大人が入れるほどの大きさの箱が2つ入っていた
青年が指示を出し、僕たち二人は2つの箱を部屋に運びこんだ。
「ありがとうございました」
青年は帽子をとって一礼すると、トラックに乗って走り去った。
僕はトラックが走り去ったのを見届けると、部屋に入った。
部屋の中には、ついさっき青年と一緒に運びこんだ2つの箱がある。
あれだけ眠かったのに、動き回ったせいか眠気は消えていた。
僕は貼られていたテープを剥がして箱を開いた。
2つの箱には赤と青・・・人が入れるほどの「カプセル」が入っていた。

そうだ・・・僕は数日前に「帝栄寿堂」という通販サイトであるものを注文した・・・しかし・・・。
「・・・これで999円って・・・大丈夫かよ?」
説明書を見ながら2つのカプセルにケーブルを繋ぎ、それをパソコンに接続する。
「使用環境win98以後、CPU・・・セレロン500MHZ以上、メモリー500MB以上って…ずいぶん軽いソフトだな・・・って、いったい何年前の使用環境だよ・・・」
独り言を言いながらソフトをインストールをして、起動させた。
モニターに「トランスプリンター」とロゴが表示された。

そう、このカプセルは一種の3Dプリンターである・・・普通は樹脂等を立体成形していくのだが、この「トランスプリンター」は違うらしい。
人間の細胞を分子レベルにまで分解し、「データ」に基づいてプリンターで再構成する・・・つまりその「データ」が自分以外の人間であれば・・・?
そう、別の人に「変身」できるのだ。
最近は3Dプリンターで怪しげなものを作る輩もいるようだが、この方がよほど面白いだろう。
その装置があの値段というのが、少々心配ではあるのだが・・・。

制御ソフトは、メーカーの提供しているデータベースへのアクセスができる。
最初に「男性」と「女性」の選択画面が現れた。迷わす「女性」と書かれたアイコンをクリックした。
なぜか? 男なら誰でも一度くらい女性になってみたいと思った事があるはずだ。
そして、それを実現する装置が売られていた。
僕にとっては、それを「実現するため」に投資してもよい金額がこの値段だったわけだ・・・ずいぶん安いものだとは思うが・・・。
クリックすると、年齢別に、たくさんの女性の画像が表示される。
画像をクリックすると、名前と年齢、家族構成や性格。学歴・趣味。社会人なら収入まで・・・「キャラクター構成」としては、呆れるほどのこだわりようだ。
マウスで画面をスクロールさせていた僕の指は、一人の女性の画像の上で止まった。
ブルーのスーツと白地にピンク色のストライプの入ったブラウスを着た清楚で知的な女性・・・27歳、 一流大学を卒業して、大手企業でOLをしているらしい。身長158p 容姿端麗、頭脳明晰、凝った設定を見て思わず微笑みが浮かぶ・・・僕はその女性のデータをソフトウェアにダウンロードした。
ダウンロードしている間に、スマホで自分を写しておく・・・「自分に戻る」ためのデータがないと、女性になったまま戻れなくなってしまう。
ダウンロードが終わると、僕は起動ボタンをクリックした。タイマーのカウントダウンが始まった。それを確認すると、説明書に書かれていたとおりに青いカプセルに入った。
5・4・3・2・1…カプセルのなかでカウントダウンをしていると、「ブ〜ン・・・」カプセルのなかに低い音が聞こえてきた。それと同時に、僕は眠気を感じた時のように意識が薄れてきた。そして・・・。

僕は眠って夢を見ているのだろうか・・・?
何も無いカプセルの中に、小さな光の粒が一つ現れた。
やがて2つめが・・・そして、3つ、4つ・・・光の粒が、どんどん増えていく。
やがてそれは、人の形になってきた。

いつしか僕の意識は、ついさっきまで見ていた光の粒・・・カプセルに横たわる人になっていた。
光の輝きがおさまると、透き通るように白い・・・男性とも女性とも言えない「人」の姿が現れた。
やがて、その姿に変化が起き始めた。
「丸坊主」だった頭から髪の毛が延び始めて、その黒髪は肩にかかるほどに伸びた。
ウェストが括れ、それとは反対にヒップが丸く膨らんでいく。
左右の胸が少しずつ膨らみ、やがてそれは美しい女性だけが持つ曲線を形作り、その膨らみの頂点では、ピンク色の突起が何かを主張するかのように突き出ていた。
すると突然、淡いピンク色のブラジャーがその形の良い膨らみを包みこみ、お揃いのショーツがヒップを優しく包み込んだ。
滑らかな肌触りの下着が上半身を包みこみ、その上に白地にピンク色のストライプの入ったブラウスが現れた。
それに合わせるかのように、膝丈のブルーのスカートが現れ、ブラウスの上に揃いのブルーのレディーススーツが着せられた・・・。



いつしか眠ってしまったようだ。
あの低く聞こえていた音も止まったようだ。
僕はカプセルの中で軽く伸びをすると、中から扉を開き、体を起こした。
「?!」
耳に何かがかかっている。
右手を動かすと指に、サラサラの黒髪が触れた。
「エッ?!」
僕は驚いて、思わず立ち上がった・・・はずだったが・・・?
「アッ?!」
バランスを崩して尻餅をついてしまった。
尻餅をついた僕は、自然に自分の体を見下ろす形になった。
スーツとブラウスの胸の部分に、男ならばあり得ない膨らみがある。
そして、スカートを穿いて、そこから伸びる白い美脚に思わず見とれてしまった。

女性になった・・・しばらくの間、驚きとも感動とも言えない、不思議な気持ちに浸っていた僕だったが、今の自分の姿を見てみたいと思い、今度は慎重に・・・ゆっくりと立ち上がった。
男性と女性の体格の差なのだろうか?
なんだかバランスがとりにくい。
部屋の片隅に置いてある大きな鏡の前にたった僕は、思わず息を飲んだ。
そこには、パソコンの画面に映っていた・・・あのデータベースのデータどおりの美しい女性がいた。
「これが・・・今の・・・ボク・・・」
美しい女性の声で、呟いた。
艶やかな黒髪。
大きな瞳。
プルンとした艶やか唇。
形良く膨らんだ2つの胸の膨らみ。
細く括れたウェスト。
丸く膨らんだヒップ。
女性らしい曲線を描く美しい足。
これが全て、今は自分のものなのだ。

それからしばらく、僕は「彼女」にいろいろなポーズをとらせたり、その全てを堪能した。
その一方で、何が起きていたのか・・・全く知らずに・・・。
「さて、そろそろ他の服に着替えてみようかな」
僕は、クローゼットの扉を開き、中に吊ってあった服を取り出してみた。
清楚な彼女のイメージどおりのワンピースやスカート、ブラウスが収まっている。
下の引き出しを開いてみた。
「これはいい!」
僕が手にしたのは、カラフルなビキニの水着だった。
「さっそく・・・」着てみるか・・・彼女には似合うだろう・・・そう思い、ブラウスのボタンを外そうとして、その細い指は止まった。

僕は、恐ろしい物を見るように、床に置いたビキニの水着を・・・そして、クローゼットに視線を向けた。
そう、今の僕はプリンターで女性の体に再構成されたとはいえ、「本当は男」だ・・・。
当然、クローゼットには男物の服が入っているはず・・・それなのに、なぜ・・・そう思い部屋を見回した僕の表情は、凍りついた。
男の独り暮らしに相応しい? 部屋だった筈なのに、そこは整然と片付けた、「女性の部屋」に変わりつつあった。
「どうして・・・」
唇を震わせ呟いた僕の目の前で、ついさっきまで眠っていたベッドが光の粒になって消え去った。
やがて、光の粒が再び集まった時には、ピンク色のベッドカバーのついた「彼女にぴったり」のベッドが現れた。
僕は、ある事に気がつき、机の上に置いていたノートパソコンに視線を向けた。
モノトーンだった机は木目調のおしゃれな机に変わっていた。
そこに置かれたパソコンの画面では・・・。
「生活環境の更新?!」
僕は思わず叫んでいた。
進捗状況は、既に90%を越えている。
その僕の目の前で、机に置いていた社員証と運転免許証が「彼女の物」になってしまった。
パソコンの画面には、

「生活環境の更新、完了しました」

そして、その表示が消えると、

「フィメール.DIC ダウンロードします」

「おい?!」
叫んだ僕は突然、頭の中に何かが流れ込んで来るような感覚を感じていた。
「いったい・・・どうしちゃったの?」
自分の言った言葉を、理解するにはしばらく時間がかかった。
「どうしちゃったの? わたし、言葉が勝手に女の子みたいな言葉に・・・」
「ぼく」から「わたし」になって戸惑うわたしに関係なく、パソコンの画面には・・・。

「“清楚な女性.EXE”をインストールします」

インストールの状況が画面に表示されている。
その数値が進んで行くにつれて、「わたし」の中で何かが変わっていく。

足が自然に内股になっていた。
いったいどうすれば・・・途方にくれた私は、床に座りこんでしまった・・・自然に、いわゆる「女の子座り」をしていたことに全く気がつかなかった。
インストールの状況は次の段階・・・私にとっては、決定的な段階に進んだ。

「因果率の調整プログラムをダウンロードします」

「嫌・・・このままじゃ女の子になっちゃう・・・お願い・・・やめて〜?!」

部屋に若い女性の悲鳴が響いた・・・。



朝日が窓から射し込んでいる。
軽く伸びをして、私はベッドから起き上がった。
部屋を見回した私は、何か「違和感」を感じた。
見慣れた部屋なのに?
それでいて、すっかり変わってしまったというような感覚・・・。
いつの間にか、その感覚は消え失せてしまった。
私は「いつもの手つき」で朝食を作り。
「手慣れた手つき」でパジャマからスーツに着替えてメイクを済ませると、「いつものように」玄関を開けて、颯爽と会社に向かった。

今日も「いつもの一日」が始まった。



TSプリンタ

(おわり)






久しぶりに、SSを書いてみました(^^)


2014年5月 

逃げ馬











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