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ショッピングに行こう!


作:逃げ馬



暖かい春の日曜日の朝。

アパートの窓から見える川の土手に植えられたたくさんの桜の木には、美しい花が咲いている。
パジャマ姿の小嶋孝博(こじま たかひろ)は、窓から離れて洗面所に向かい、歯を磨き始めた。
孝博は19歳の大学2年生・・・・・と言ってもまだ、2年生になったばかりなのだが。
もうすぐ前期の履修登録と講義が始まる。
孝博は口をゆすぎ、顔を洗い始めた。
また忙しい毎日が始まるんだ・・・・・今日は窓から桜を見ながらのんびりとしよう・・・・・孝博は手を伸ばしてタオルを手に取ると、顔を拭いた。
その時、テーブルに置いていたスマートホンから着信音が鳴った。
部屋に戻りスマホを手に取った。
画面に表示された名前を見た孝博の顔に、微かな微笑みが浮かんだ。
「はい、小嶋です」
『おはよう♪』
声を聞いた孝博が笑顔になる。
「何か用か?」
ぶっきらぼうな孝博に、
『用がないと電話をしてはいけないの?』
「別にいけないわけじゃないけどさ・・・・・」
思わず二人は笑いだしてしまった。
孝博の電話の相手は土橋香織(どばし かおり)、孝博の大学の同級生だが、彼女に対しては他の女子学生よりも『特別な感情』があることは否定できない。
結果、朝からこの調子になるわけだが・・・・・。
『ねえ・・・・・』
電話の向こう側から、香織の少し甘えたような声が聞こえてくる。
「なんだよ・・・・・」
『今日、一緒に買い物に行かない?』
「買い物?」
孝博の表情が曇った。
二人は以前に、世間で言うところの『デート』に出かけたことがある。
二人で話題作の映画を観て、夕食を食べた。
一人で行動をするのとは全く違う『女の子と一緒に過ごす時間』は、孝博にとっては新鮮な時間だった。
しかし、そんな孝博でも我慢出来ないことがあった・・・・・それが、『買い物につき合う時間』だ・・・・・。

『孝博に、服を見てもらいたいんだけどなぁ・・・・・』
香織の甘えた声を聞いていた孝博は、断りきれずにOKしてしまった。
待ち合わせの約束をした孝博は電話を切ると、大きなため息をついた。
「せっかく桜を見ながらビールでも飲んで、のんびりするつもりだったのになぁ・・・・・」
孝博は立ち上がると、パジャマを脱いで着替えを始めた。



孝博が待ち合わせ場所の駅の改札口に着いたのは、朝の10時だった。
長い髪をポニーテールに纏めた女の子が、孝博に向かって笑顔を見せると軽く手を振った。
土橋香織だ。
「待たせたかな?」
「わたしも今来たところ」
ある意味では『お約束』の会話を交わすと、
「じゃあ、行こうか?」
二人が歩き出した。

駅を出て、美しく整備された道を二人が歩いて行く。
道の両側には街路樹が並び、街灯にはアウトレットモールのロゴマークの入った小旗が揺れている。
香織によると、これから行くアウトレットモールは、オープンしたばかりだそうだ。
「テレビでも紹介されて、話題の場所だよ」
声を弾ませながら話すのを聞きながら、孝博は相づちをうつだけだ。
そもそも孝博はファッションには、それほどこだわりはない。
清潔な服装をして、相手に不快な思いをさせなければ、それで良いのでは?・・・・・その程度の感覚だ。
結果、彼が普段着ている服は、いわゆる『ファストファッション』なのだが。
もう少しオシャレをした方が良いのでは?・・・・・と、香織に言われたことは、一度や二度ではない。
二人の前にはアウトレットモールの建物が見えてきた。
二人の周りには家族連れやお年寄り、彼らと同じカップルと、多彩な人々が歩いているが、どうやら目的地は同じらしい。
陸橋を渡り、アウトレットモールの敷地に入る。
陸橋の下に見える広い道路には、アウトレットモールの駐車場に入る車の順番待ちの列が出来ていた。
何故、こんな行列に並んでまで買い物に来るのだろう?・・・・・孝博には不思議に思えた。
彼の場合は、彼女に『連れてこられた』訳なのだが。
近代的なデザインの建物に、たくさんの人達がまるで吸い込まれるように入って行く。
建物の中に入ると、中にはブティックやカフェ、化粧品や時計、宝飾品・・・・・たくさんの店がある。
吹き抜けになった広いスペースでは、『ゆるキャラ』が訪れた子供に風船を渡していた。
孝博は、辺りを見回した。
天井が高く明るい店内にいると、自然に気持ちが明るくなってくる。
なるほど・・・・・そうすることで、商品を買ってもらうわけか・・・・・孝博は勝手に納得していた。
「とりあえず、コーヒーでも飲みに行くか?」
孝博が香織に言った。
「エッ?」
香織は驚いて孝博を見て、
「コーヒーは後で、さあ・・・・・行くわよ!」
ここまで来てコーヒーなんて信じられない・・・・・香織は孝博の手を引いて、アウトレットモールの中を歩いて行く。


香織は孝博の手を引いてブティックに入ると、ブラウスやスカート、ワンピース等を自分の体に合わせて鏡を見ながら品定めをしている。
しばらく品定めをすると、
「行こう」
孝博を促して別の店に入り、また服を選んでいる。
孝博は暫く香織が服を選んでいるのを見ていたが、
「ちょっと・・・・・」
香織の耳元で囁くと、孝博は店を出た。
案内の表示に従って広い建物の中を歩き、孝博はトイレに入った。
「まったく・・・・・」
孝博は顔と手を洗いながら大きなため息をついた。
いくつも店を回って同じような服を何度も見てまわる・・・・・よくそんな事ができるな。
僕には無理だ。
僕が『女ならば』香織と同じように楽しめるのかな?
孝博はジーンズのポケットからハンカチを取り出すと顔と手を拭いて顔をあげた。
「・・・・・?」
顔をあげた孝博の目の前には鏡がある。
不思議なことに、鏡には孝博とさほど年齢が変わらないように見える女性が、大きな瞳を孝博に向けて不思議そうに見つめている。
孝博が両手を顔にあてた。
掌から柔らかい感覚が伝わってくる。
肌触りも、ついさっき顔を洗っていた時とは全く違う滑らかさだ。
それはまるで、香織の顔を両手で撫でた時のような『女の子』の・・・・・?
自分の考えに驚いた孝博が、視線を下に向けた。
そこに飛び込んできたのは、シャツの胸の辺りを下から押し上げて、身体に柔らかな曲線を作り出している2つの膨らみだった。
孝博が駆け出した。
トイレに入ってきた中年の『おじさん』が、駆け出した孝博を見て驚き、そしてニヤリと笑った。
孝博は、そんな事にかまっていられない。
おじさんの脇を駆け抜けトイレを出ると、アウトレットモールの中を走った。
足が小さくなったのだろうか、走っているとサイズの合わないスニーカーが脱げてしまいそうだ。
胸にできたばかりの柔らかい2つの膨らみが、走るリズムに合わせるように左右に揺れて落ちつかない。
通路を歩いている人達は、男物の服を着て必死の形相で走る若い女の子を不思議そうに見ている。
孝博は、ブティックで服を見ている香織の姿を見つけると、その店に飛び込んだ。


「香織?!」
自分の物とは思えない小さな手で香織の肩を掴んで呼びかけた孝博は、自分の発した声に驚いた。
声までが、まるでアニメのヒロインのような『女の子の声』だ。
香織は振り返るなり孝博に向かって訝しげな表情を向けた。
「あなた・・・・・誰・・・・・?」
香織は目の前に立つ、男物の服を着た可愛らしい女の子を見つめている。
「ボクだよ・・・・・?!」
小嶋孝博・・・・・ついさっきまで、一緒にいたじゃないか・・・・・。
孝博は言ったのだが、
「孝博は男よ・・・・・でも、あなたは・・・・・」
「トイレに行ったら、こんな姿に変わっちゃったんだよ!」
孝博は、必死に訴えた。
自分の口から出る声は、まるでパニックになった女の子のようだ。
それが孝博を更にイライラさせた。
「信じられないわ・・・・・」
香織が首を振った。
突然、孝博は香織の手首を掴むと、店の外に連れ出した。
「ちょっと?!」
驚く香織に構わず、孝博は香織を職員通路の一角に引き込んだ。
ここならば人の目にはつきにくいはずだ。
「ボクは間違いなく、小嶋孝博だ」
香織の目の前に立つ、男物の服を着た若い女の子が、真剣な眼差しを香織に向けながら、ゆっくりと語りかけるように言った。
「・・・・・」
香織は、何も答えない。
それはそうだろう。 彼女が知る『小嶋孝博』とは、あまりにもかけ離れた姿。
『からかわれている』と考えているのだろう。
『信じてもらえない』孝博は腰に両手をあてて、可愛らしいため息をつくと、「あの時に・・・・・」と、『二人だけしか知らない話』を始めた。
話を聞いている香織の表情が変わっていく。
話を続ける孝博の口を突然、香織が両手で抑えたのは、話が彼女にとっては『恥ずかしい話』になったためだろう。
だが、その話を目の前に立つ女の子を知っている・・・・・と、いうことは・・・・・?
「あなた、本当に・・・・・孝博なの?」
女の子が、安心したように吐息をもらした。
「・・・・・やっと・・・・・わかってもらえたみたいだね」
「突然、知らない女の子が目の前に来て、自分の言うことを信じろと言う方が無理よ」
香織が半ば呆れたように、孝博に言った。
「仕方ないだろう・・・・・」
孝博がため息をつきながら肩をすくめた。
「まあね・・・・・」
それにしても・・・・・と、香織は右手の人差し指を、孝博の頬にあてながら、
「随分と可愛らしい女の子になっちゃったわね」
「からかうなよ!」
孝博が顔を赤くしながら手を払いのけた。
香織がクスクスと笑う・・・・・彼女から見れば今の孝博は、まるで『恥じらう女の子』のようだ。
「でも・・・・・?」
香織は視線を孝博の顔から体に向けて・・・・・して、大きなため息をついた。
「せっかく可愛くなっても、着ている物がそれでは台無しね」
孝博が自分の体を見下ろした。
着ている物は、男性用の服、それが女性になってしまったために体が小柄になり、ブカブカになっている。
「ついさっきまでは男だったんだから、男物の服を着ているのは当たり前だろう?」
「でも、魅力が台無しよ」
今度は香織が孝博の手を掴むと、
「さあ、せっかく女の子になったんだから、あなたの服を買いに行こう」
戸惑う孝博を引っ張って行った。


香織は孝博を、ランジェリーショップに連れて行った。
当然ながら、孝博は大いに困惑することになった。
今の彼は、確かに『女の子の姿』になっている。
しかし、その身体の中にある『心』は、孝博の『男性の心』なのだ。
その孝博が、『女性の下着の専門店』にいる・・・・・たとえ身体が女性の姿であっても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかし、彼の手を引っ張ってきた香織は、そんな孝博にはお構い無しに店員に声をかけると、彼を試着室に押し込んだ。
「彼女のサイズを測ってもらえますか?」
「ハイ、わかりました」
後ろから聞こえる香織と女性店員の会話を聞きながら、孝博の頬は、少し赤くなっていた。
メジャーを手にした女性が試着室に入って来ると、
「失礼します」
と、孝博に一声かけると、手慣れた様子でメジャーを孝博の胸に、ウエストに、そしてヒップにあてて、サイズを測っていく。
ブラジャーのカップがEと聞いた時には、孝博の頬は赤く染まり、一方で香織の顔には、微かな嫉妬の表情が浮かんだ。
それでも香織は、店の中を回って、孝博のために下着を選んだ。
「ハイ、これを着てみて♪」
香織が孝博に手渡したのは、レモンイエローのブラとショーツのセットだった。
それを目にした瞬間、孝博は固まってしまった。
ボクにこれを着ろというのか?
試着室のカーテンからこちらを見ている香織に視線を向けた。
「早く着なさいよ」
何をしているの・・・・・そう言いたげな香織に、
「でも、これは・・・・・?」
女の子の下着だろう・・・・・そう言いたかったのだが、店員をチラリと見ながら、その言葉を飲み込んだ。
ハイハイ、着ればいいんでしょう・・・・・孝博は小さくため息をつくと、着ていた服を脱ぎ始めた。


「まったく・・・・・」
どうしてこんなことに・・・・・?
孝博は、着ていた服を乱暴に脱いでいく。
突然、その手が止まった。
彼の視線の先には、試着室に設置された大きな鏡がある。
鏡には、美しい女性の裸体が映っている。

形良く膨らんだ胸の二つの膨らみ。
キュッと引き締まったウエストと丸く膨らんだヒップ。
そして、白く滑らかな肉付きの良い太股に続く滑らかな曲線・・・・・。

そしてそれは、孝博の今の姿なのだ。

「・・・・・?!」
しばらく鏡を見ながら呆然としていた孝博が、ハッとして振り返った。
「お客様?」
大丈夫ですか・・・・・? 女性店員が、心配そうに孝博に視線を向けている。
「アッ・・・・・?」
孝博が曖昧に微笑んだ。
女性店員から見れば、『女の子が可愛らしく笑った』と見えただろう。
女性店員が手にしていたブラジャーを差し出した。

孝博の白く細い指が、彼女の手からブラジャーを受け取り、その女性だけが身につける下着を、自分の胸にあてた。
孝博のぎこちない動きを見かねたのだろうか?
女性店員が背中のホックをとめて、肩紐の長さを調整してくれた。
「アッ・・・・・?!」
孝博のふっくらとした可愛らしい唇から、甘い吐息が漏れた。
孝博の頬が、赤く染まっていた。
女性店員が、レモンイエローのショーツを差し出した。
孝博がそれを手に取ると、女性店員はカーテンの向こう側に出て行った。
孝博は大きく息を吸い込むと、ジーンズを脱ぎ、トランクスを脱ぎ捨てた。
手にしたショーツをじっと見る・・・・・こんなに小さな下着を穿くのか?
床に脱ぎ捨てた自分のトランクスと見比べると、布の『面積』が、あまりにも少ない。
「まだなの? 手伝おうか?!」
カーテンの向こう側から、香織の声が聞こえてきた。
「ちょっと待って!」
孝博は慌てて、ショーツに足を通すと、グイッと引き上げた。
それは、孝博が考えていた下着ではなかった。
伸びた滑らかな肌触りの布地が、孝博の丸く膨らんだヒップを優しく包みこんだ。
「フ〜ン・・・・・」
突然、後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向くと、香織がニコニコしながら孝博を見ていた。
「な・・・・・何を・・・・・?」
何をしているんだよ・・・・・そう言いたいのに、孝博は驚きのあまり、咄嗟に言葉が出なかった。
「かわいいじゃない、すっかり女の子だね」
ほら、見てごらん・・・・・そう言うと、香織は鏡を指差した。
孝博が鏡に視線を向け、そして、心臓の鼓動が高鳴った。
そこには白い肌にレモンイエローの下着を身につけた、可愛らしい女の子が映っている。
「似合うじゃない♪」
香織は、ちょっとからかうような口調で言った。
「うるさい・・・・・」
孝博が言ったが、その言葉には力がない。
女の子になってしまった今の孝博の体には、やはり女の子の下着がぴったりだと一番わかるのは彼自身だからだ。
「もういいだろう?」
下着を脱ごうとする孝博を、
「ちょっと待って!」
と、香織が止めた。
香織は店員に声をかけると、
「これ、全部下さい」
と、孝博の着ている下着と、彼女の持っている買い物かごにいっぱい入った下着を指差した。
「オイッ?!」
カーテンから頭を出した孝博が止めようとしたが、
「お買い上げ、ありがとうございます」
店員が香織から買い物かごを受け取り、レジに向かって歩いて行く。
孝博は呆然と、二人の背中を見送った。



「まったく・・・・・」
孝博と香織は、ランジェリーショップを出て、アウトレットモールの中を歩いている。
「あんなにたくさん買わなくても・・・・・」
ぶつぶつと愚痴を言う孝博に、
「でも、ブラがあった方が良いでしょう?」
香織はそう言うと、視線を孝博の胸元に向けた。
孝博のシャツの胸の辺りには、二つの膨らみがある・・・・・しかし、孝博にとっては変身直後に比べて『安心感』が違った。
変身直後にはビックリして、このモールの通路を必死に香織が買い物をしている店まで走った。
走っている時には、胸が左右に揺れて気になったが、今はブラジャーを着けたことで、ほとんど気にならない。
そして、身体を動かす度に感じた胸の先からの刺激も・・・・・?

「さて、今度はアウターだね♪」
「ハッ?!」
思わず香織の顔をまじまじと見つめる孝博に、香織は、
「男物の服を着た女の子は、やっぱり変だよ」
さあ、行こう・・・・・香織は孝博の手を引いて、ブティックに入って行った。



「さあ・・・・・孝博には、どんな服が似合うかなぁ・・・・・♪」
女性ばかりの店で戸惑う孝博を置き去りにして、香織は服を選んでいる。
だが今、彼女が選んでいるのは自分の着る服ではない。
今朝までは間違いなく『男性』だった孝博に着せるための服だ。
「これを着てみて」
香織は孝博を試着室に引っ張って行くと、ブラウスとスカートを、まるで押し付けるように手渡した。
「こんなの着れるかよ!」
「きっと似合うわよ」
可愛くなると思うな・・・・・そう言うと香織はウインクをして、カーテンを閉めた。
「まったく・・・・・」
香織のやつ・・・・・何を考えているんだよ・・・・・ボクは着せ替え人形じゃないぞ・・・・・。
孝博は手にしたブラウスとスカートを見てため息をついた。
仕方がない・・・・・孝博は着ていた服を脱いでいった。
視線を上げて、思わず息を飲んだ。
そこにいたのは、白い肌にブラジャーとショーツを身につけただけの女の子だ。
そして、それは今の孝博自身の姿だ。
なんとも言えない恥ずかしさに孝博の頬が赤く染まっていく。

孝博は鏡から視線をそらした。
それが「自分の姿」と頭では理解をしていても、「下着姿の女の子を見ている」事に、孝博の心の中では微かな「罪悪感」を感じていた。
ブラウスに袖を通して、鏡を見ないように気をつけながら身につけていく。
ボタンを留めようとすると何かが変だ。
男性と女性でボタンの左右の位置が逆な事を思い出し、改めて複雑な気持ちになった。
「・・・・・」
彼は白く細い指で、ハンガーからスカートを外した。
これを穿くのか?でもボクは・・・・・?
そんな思いが彼の中では交錯していた。
このままジーンズを穿いて帰れば良いのでは?
そう思いつき、脱いだジーンズを手に取ろうと視線を落とし、息を飲んだ。
ブラウスの裾から覗くショーツに包まれたスッキリとしてしまった下半身。反対に、ふっくらと形よく膨らんだヒップから太ももに続くライン・・・・・それはついさっきまでの孝博の体とは全く異なるもの。
そしてそれは、彼に「現実」を突きつけるものだった。
孝博は深呼吸をすると、スカートに足を通した。
ゆっくりと腰に向かって引き上げていく。
ふくらはぎから膝へ、そしてスカートの布地は太ももを優しく撫でながら、やがてウエストまで引き上げられた。
ファスナーを上げてホックを留めると、孝博は顔を上げて姿見に向き直った。

そこには、ブラウスとミニスカートを身につけた美少女が、不安そうに睫毛を震わせながら、こちらを見つめている。
孝博は、彼女に向かって笑ってみた。
鏡に映る女の子も、孝博に向かって魅力的な微笑みを向けてくれている。
孝博は、例えようのない満足感を感じていた。

孝博は鏡を見ながら、思わずため息をついていた。
それは、ついさっきまでの「戸惑い」や「諦め」のため息ではない。
目の前の鏡に映る女の子の魅力に対する「感嘆」のため息だ。
自分でも気がつかないうちに、孝博は鏡の前で、まるで「女の子のように」ポーズをとっていた。
孝博が体の向きを変える度に、ふわりとスカートが揺れて、白い太ももを優しく撫でる。
今、孝博は鏡の前で横向きになってポーズをとっている。
ブラウスの胸元は二つの膨らみによって押し上げられ、スカートはヒップの膨らみにで裾が拡がり美しいラインを・・・・・「女の子だけが描き出すライン」を描いている。
鏡の中の女の子は、それを見て満足そうな微笑みを浮かべている。
そして、それは今の孝博の表情でもあるのだが・・・・・。
「彼女に男の服を着せるなんて、とんでもないことだ」
孝博は思った。
孝博がポーズを変えようとしたその時。
「楽しそうね♪」
突然、声が聞こえて、孝博は驚いて振り返った。
試着室の入口に掛かったガーデンの隙間から、香織が悪戯っぽい笑顔で孝博を見ていた。
「・・・・・」
孝博は何も言えずに顔を真っ赤にして俯いている。
香織には、今の孝博の様子が、まるで恥じらっている女の子のように見えた。
「かわいいわよ♪」
香織が言うと。
「エッ?」
孝博が驚いて顔を上げた。
「うん、かわいい女子大生♪」
香織が孝博の手首を掴み、試着室から連れ出すと、
「この服、買います」
店員に声をかけた。

服を買った(買わされた?)孝博は、香織に手を引かれながら、また別のブティックに入った。
香織が「彼女(孝博)に似合う服を探している」と言うと、フェミニンなデザインのブラウスとスカートを着ている孝博を見て、店員は少し大人びたデザインのワンピースをチョイスして孝博に手渡した。
試着をしてみた孝博は、鏡を見て驚いた。
そこには、さっきまでとは違う大人びた雰囲気を持つ女性が鏡の中から孝博を見つめていた。
孝博がまたため息を漏らした。
今の孝博には、女の子たちがショッピングに出かける理由が、少し理解できる気がした。
違う服を着るだけで、大きく雰囲気が変わるなら、いろいろなデザインの服や、それに合わせるアクセサリーを買いたくなるのはあたりまえだ。
それなら、新しく出来たショッピングモールで新しいお店を開拓したり、「掘り出し物」を探しに出かけるのも自然な流れだろう。
「男であるはず」の孝博ですら、鏡に映っている女の子(今の孝博)を「もっと綺麗にしたい」と考えてしまっているほどなのだから・・・・・。



いつの間にか、太陽は西の空に傾いていた。
孝博と香織は、両手いっぱいに荷物を持って、孝博のアパートに帰ってきた。
ドアを開けて、二人は部屋の中に入った。
両手いっぱいの荷物を部屋の畳の上に置いて顔を上げた二人は、部屋の様子を見て呆気にとられた。
「そんな・・・・・?」
馬鹿な・・・・・孝博が呟くように言った。
部屋の様子は今朝、孝博が出かけた時とは、すっかり変わってしまっていた。
その部屋の住人をしらない人が見れば、その部屋は「女性の部屋」と言うだろう。
タンスを開けると、中に入っているのは、女性の服ばかりだ。
孝博が引き出しを乱暴に開けると、そこには女性の下着が整然と並んでいた。
これをボクが着るのか?・・・・・孝博の体から力が抜けて、畳の上にペタリと座りこんだ。
「孝博くん! これっ?!」
香織が手にした物を、孝博に乱暴に押し付けた。
それは孝博宛に届いたダイレクトメールと大学の学生証だ。
しかし、そこに書かれているのは孝博の名前ではない。
名字は同じだが、女性の名前だ。
しかも学生証には、今の孝博・・・・・女性になった孝博の澄まし顔の写真が張り付けられている。
孝博と香織は、お互いに顔を見合せた。
「これって、どういうことなんだよ?」
手にした学生証を見ながら、孝博は呟くように言った。
香織は小さなため息をつくと、
「そういうことじゃないかな?」
上目遣いに孝博に視線を向けた。
「そういうこと・・・・・って?」
孝博が首を傾げながら香織を見た。
香織は、苦笑いをしながら孝博を見つめている。
「だから、そういうこと♪」
貴方は、『女の子になった』・・・・・社会的な存在も含めて・・・・・ということ。
香織に言われて、孝博は反論しようとした。
しかし手にした郵便物や学生証が、そして何よりも、学生証を持つ自分の物とは思えないほど細い指・・・・・つまり自分の肉体が、その反論を封じていた。
孝博がかわいらしいため息をついた。

香織はが笑った。
「心配しなくても大丈夫。女の子も悪くないわよ♪」
「どういう意味だよ・・・・・」
なげやりになる孝博に、
「こういうこと♪」
言い返そうとする孝博の唇を、香織の柔らかい唇が塞いだ。
拒もうとした・・・・・しかし、孝博の『心』が身体に命じたのは、『香織を抱きしめる』ことだった。
女の子の姿になった孝博の細い腕が香織の柔らかい身体を抱きしめた。
香織が孝博をベッド押し倒すように、ベッドに倒れこんだ。
香織が唇を離すと、孝博の目を見て言った。
「貴方が女の子になったということを、教えてあげる・・・・・」
おいおい、そういう趣味があったのかよ!・・・・・孝博は香織の目に怪しい光を見た。
香織は孝博が着ていたブラウスのボタンを外していく。
このままではだめだ、逃げないと・・・・・孝博は思った・・・・・が、『もう一人の孝博』が、頭の中で何かを期待している。
やがて孝博の視界に、ブラジャーに包まれた形の良い膨らみが現れた。
スカートのファスナーが下ろされ、布が太ももを撫でる感覚を感じた。

下着姿の女性が、ベッドで見つめあっている。
二人はお互いに見つめあい、そして微笑んだ。




翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で、孝博は目を覚ました。
起き上がり、身体を見下ろした。
胸には膨らみがあり、ウエストはキュッと括れている・・・・・女性の身体だ。
しかし、それを見た孝博は、満足そうに微笑んだ。
視線を横に移すと、香織の可愛らし寝顔があった。
孝博の顔に微笑みが浮かぶ・・・・・香織を起こさないように、そっとベッドを離れた。
引き出しを開けて、ブラジャーとショーツを身につける。
昨日までは男性だったとは思えない、もう何年もそうしてきたかのような自然な動きだった。
下着を着ると、昨日買った服を着た。スカートのファスナーを上げた。
昨日までは、抵抗感があったスカートが、今日は自分からは穿いてみたくなった。
そして今、自分の魅力をしっかりと引き出してくれていることに、孝博は満足していた。
「おはよう♪」
聞き慣れた声が聞こえて振り返ると、今までの様子を見ていたのか、香織が悪戯っぽい微笑みを浮かべながら、孝博を見つめていた。
「ご満足いただけましたでしょうか、お嬢様?」
香織がおどけた口調で言うと、
「なかなか素晴らしいコーディネートね♪」
孝博も鏡の前でポーズをとった。
「すっかり女の子ね・・・・・」
香織は呟き、大きく息を吸うと、
「さて、せっかく女の子になったんだから、大学に行く前にカフェに寄ってみる?」
明るい声で言った。
「うん♪」



二人の『女子大生』が、朝の街を歩いていく。
行き交う人達の視線は、自然に『清楚な女子大生』に向けられた。
ある青年は、憧れに満ちた感嘆の視線を・・・・・。
すれ違った同世代の女性からは、その美しさに対する嫉妬の視線を・・・・・。

孝博が香織に視線を向けた。
「香織?」
「うん?」
「今日、大学が終わったら、ショッピングに行こうか?」
香織は、笑いをこらえながら答えた。

「もちろん♪」




ショッピングに行こう!
(おわり)



作者の逃げ馬です。
サクサク書きたかったストーリーですが、『リアル世界』が忙しくて、思いのほか時間がかかってしまいました。
お待ちいただいていた読者の皆さん、申し訳ありませんm(__)m
これからは、オーダーを頂いているテーマもありますし、書きたいテーマもあります。
少しずつでも書き進めていきたいと思っています。

それでは、今回もおつきあいいただき、ありがとうございました。
また、次回作でお会いしましょう(^^)/

2016年11月27日 逃げ馬








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