ビーナス?
作:逃げ馬
ここは、太平洋のど真ん中・・・南洋諸島の小さな島である。
普段は原住民が丸木舟に乗ってのんびり魚をとるような風景の見える海岸に、この日はいささか場違いな男たちが集まっていた。
「博士! こちらです!!」
海岸線の岩場に、白衣姿の男たちが大勢集まっている。痩せて眼鏡をかけた若い男が大きな声で叫んでいる。
「ありました!!」
白衣を着た男たちが若い男のいる場所に集まってきた。彼らの足元には、2mはあろうかと言う巨大な貝の化石が二つ横たわっている。
「うーん・・・」
初老の、鼻眼鏡をかけた男が貝の化石に近寄ると、周りをグルグル回りながら、時々しゃがみ込みながら貝の様子を見つめていた。
「これは・・・」
呻くように呟く初老の男。
「博士・・・この化石は・・・?」
茶色の髪を逆立てた、どう見ても白衣の似合わない若い男が博士の顔を覗き込んだ。
「ああ・・・・どうやら・・・」
博士は傍らから古ぼけた本を取り出した。古くなってボロボロになったページをめくっていく。何度かページをめくるとその手が止まった。本と、その貝の化石を見比べている。
「間違いない・・・あの貝だ・・・」
博士は大きくため息をつくと呟いた。古ぼけた本を博士の二人の助手が脇から覗き込んだ。
「世界が汚れし時・・・海からビーナスが現れ世界を清める・・・」
眼鏡をかけた助手が声に出して読んだ。首を傾げると、視線を博士に向けた。
「博士・・・この貝の化石が、あの伝説の?」
「ああ・・・おそらくな・・・」
博士は立ち上がると、視線を貝の化石に向けたまま呟いた。視線を水平線に向けると、
「今日はここまでだな・・・」
居合わせた全員が、水平線に視線を向けた。綺麗な海を赤く染めながら夕日が水平線に沈んで行く。
「まずいですね・・・」
博士が声の聞こえた方に視線を向けた。一人の外国人研究者が海を指差した。
「見なさい・・・潮が満ちてきている。このままでは、この化石は波で洗われてしまう」
博士は自分の足元に目をやった。確かに、海から押し寄せる荒波が、彼の足元の岩場で砕けて白い波しぶきを上げている。
「いかんな・・・」
博士は呟きながら周りにいる人々を見回した。皆が博士を見つめている。
「とにかく、土嚢を積み上げてこの化石を波から守りましょう!」
呼びかけると、みんなが力強く頷いた。
「よし! これで大丈夫だろう・・・」
みんなが顔に吹き出した玉のような汗をタオルで拭いながら頷いた。
貝の化石の周りには、二重に土嚢が高く積み上げられ貝の化石を守っている。あたりはすっかり暗くなり、投光器の青白い光が貝の化石を照らしていた。
「よし・・・今日はここまでにしよう!」
博士は二人の助手に向かって、
「申し訳ないが、君たちは今夜はこの化石を見張っていてくれないか・・・・波で洗われたりすれば大変だからね」
「「わかりました!」」
助手たちは元気に応えた。
「ハ〜ッ・・・退屈だなあ・・・」
深夜の海岸の岩場には波の音だけが響いている。時折打ち寄せる大きな波が岩場で砕けて投光器の青白い光の中に、白い波しぶきが浮かび上がっている。
「これでも飲みますか?」
眼鏡をかけた助手が茶髪の助手に何かを投げた。茶髪の助手は積み上げた土嚢に腰掛けたまま、それを片手で受け止めた。
「オッ・・・ビールか・・・気が利くじゃないか」
「まあ、これでも飲まないとやってられませんからね・・・一晩中、化石の見張りなんて・・・」
二人は顔を見合わせたまま笑った。
「そりゃあそうだな!」
「「ハハハハッ!」」
二人は笑いながら缶ビールを開けた。一口飲むと、
「ああ・・・美味い!」
茶髪の助手が言うと、
「まだありますから・・・夜も長いですしね!」
眼鏡をかけた助手が笑った。その時、
『ザブ〜〜ン!!』
「「ウワ〜〜ッ!!」」
大きな波が岩場で砕け、土嚢の内側まで波が押し寄せてきた。たちまち二人はずぶ濡れになってしまった。彼らの足元は土嚢の内側に溜まった海水が踝のあたりまで濡らしている。
「アッ・・・早く水をくみ出さないと!!」
二人は慌ててバケツを手にとると、土嚢の内側に溜まった海水を汲み出し始めた。海水は貝の化石をすっかり浸している。
「早くしないと!」
助手たちは、顔に玉のような汗を噴出させながらバケツで海水を掬っている。その時、彼らの足元で何かがボーッと光った。
「・・・?」
何が起きたか分からずに、思わず足元を見る二人。二人の足元で、あの二つの貝の化石がボーッとまるで息づくように光を放っている。
「何だよ・・・これは?!」
眼鏡をかけた助手が、ずり落ちそうな眼鏡を思わず直しながら足元を覗き込んだ。次の瞬間、
「ウワッ?!」
彼の体に何かが巻きついた。貝からまるで触手のようなものが伸びて、彼を強烈な力で引っ張っている。
「何だ・・・助けてくれ!!」
必死に触手から逃れようとする眼鏡をかけた助手。茶髪の助手がなんとか触手をはずそうと力任せに引っ張っている。
「しっかりしろ!」
必死に触手を引っ張っていたが・・・。
「アアッ?!」
彼の体にも、触手が巻きついた。振り返ると、もうひとつの貝の化石から触手が伸び、彼の体を捕らえている。
「クソッ!」
必死に体を揺すって逃げようとする彼の目に貝の化石が見えた。
「・・・!!」
貝の化石が蓋を開くように口を開けると彼を中に引き込もうとしている。
「アア・・・そんな・・・!」
絶望的な表情を浮かべる茶髪の助手。触手が猛烈な力で彼を取り込んでいく。
「ウワ〜〜ッ!」
絶叫が辺りに響き、彼を取り込んだ貝は口を閉じて彼を閉じ込めた。
[馬鹿な・・・」
茶髪の助手が貝に閉じ込められる一部始終を見ていた眼鏡をかけた助手は、恐怖感から体が震えだした。歯の根も合わずに口からガチガチと音が聞こえる。
「ウグッ!」
触手の力が強くなった。必死に足を踏ん張って体を支えているが、触手に締め上げられて意識が朦朧としてくる。後ろを振り返った・・・貝が彼を取り込もうと口を開いて待っている。
「アア・・・ウワ〜〜〜ッ!!」
絶叫が岩場に響き、貝の化石は、眼鏡をかけた助手の体を取り込むと口をしっかり閉じた。大波が岩場を洗う。波がひいた後には、崩れた土嚢が散らばるだけで、二つの貝の化石は辺りから消え去っていた・・・。
翌日、岩場を訪れた博士たちは、散らばった土嚢とビールの空き缶、昨日とはまるで違った様子に呆然としていた。
「いったい何があったんだ・・・」
博士は辺りを見回すが、二人の助手の姿は無い。
「博士!」
研究者の一人が岩場を指差している。
「化石が・・・あの化石が二つともありません!!」
「何だって?!」
皆が駆け寄る。そこには昨日まであったはずの二つの貝の化石は無かった。貝のあったはずの場所は、まるで貝を引き抜いたように綺麗に穴が開いて海水が溜まっている。
「これは・・・・」
博士は呆然と穴を見つめている。ふと我に返ると、
「おい! ダイバーを出してすぐにこの辺りの海底を探すんだ!」
大きな声で叫んでいた。
ここは、岩場の近くの海底。
あの二つの貝が海底に横たわっている。そのうちの一つでは、
「クソッ・・・出せよ! こら!」
貝の中に閉じ込められた茶髪の助手が、なんとか貝の中から外に出ようと暴れている。
「アアッ?」
何か柔らかいものが彼の体を包んでいく。恍惚とした気分になって次第に眠くなってきた・・・やがて、彼は深い眠りに落ちて行った・・・。
貝の中で彼の股間にチューブのようなものがくっ付いた・・・そして彼の股間から男性の痕跡を溶かしていってしまった。貝がボーッと光る・・・すると、合わさった貝の隙間から小さな球体が波に乗って海中にフワフワと漂い始めていた。
「あれは?!」
ダイバーは海底の岩陰に隠れた巨大な貝を見つけた。二つが横たわっている。
「・・・!!」
一つの貝から、白い布が外に出ている・・・・。
「あれは・・・白衣の裾だ!」
ダイバーは周りにいる仲間に合図をした。皆が頷く。彼らは貝の後ろ側から近づいていった。
「アッ?!」
貝の一つが凄い勢いで彼らに迫る。
「危ない!」
咄嗟に体を動かして貝にぶつかるのを避けた。貝は凄まじい勢いで水中をまるで飛ぶように泳いで彼らの視界から消えて行った。
「もう一つは?」
白衣がはみ出た貝は、まだ海底に横たわっている。彼らはそっと網をかぶせるとロープを引いて合図を出した。ロープが巻き上げられる・・・網に包まれた貝は海底の砂を巻き上げながら上に向かって引き上げられると、やがて海面を割って船の上に引き上げられていった。
「これは?」
船上に引き上げられた貝を博士が見つめている。その視線の先には、合わさった貝の隙間から覗く白衣の裾があった。
「まさか・・・?」
彼は周りを見回すと、
「おい・・・かまわないから、この貝をこじ開けろ!!」
真っ青な顔を回りに向けながら叫んだ。
「「「ハイッ!」」」
金属製の棒を持った屈強な若者が合わさった貝の隙間に棒を突っ込むと、力任せにこじ開けていく。
「「「それっ!」」」
強引にこじ開けて貝の中が見えた瞬間、船上にいた研究者たちは言葉を失ってしまった。
「・・・・」
彼らの目の前・・・貝の中には、男とも女ともわからないような姿の白衣を着た人間が、膝を抱えるような姿勢・・・ちょうど母胎にいる胎児のような姿勢で貝の中に入っていた。
「!!」
博士が貝に近寄っていく。
「博士! 危険です!!」
呼び止める周りの人間にかまわず博士は貝に近寄ると、貝の中からあるものを取り上げた。しげしげと手の中のものと、貝の中に横たわる男とも女ともつかない人を見比べる博士。
「どうされたのですか?」
一人が尋ねた。
「これは・・・私の助手の一人です・・・」
絞り出すような声で、博士は呟くように言った。手の中に握られたものを手渡すと、
「その眼鏡は・・・わたしの助手のものです・・・」
「なんですって?!」
「これから・・・いったい何が起こるのか・・・」
博士は、遥かな水平線に視線を移すと呟くように言った。
そして・・・日本にも夏が来た・・・。
「ハ〜〜ッ・・・もう夕方だよ・・・」
夕暮れの砂浜で若い男たちのグループが座り込んでため息をついている。
「おまえが変なことを言うから逃げちゃったんだぞ・・・あの娘たち」
一人の男が食って掛かるように言うと、
「おまえだっていやらしい目で見ていただろう!」
「いいかげんにしろよ!」
「・・・」
男たちは砂浜で膝を抱えて海を見つめていた。
「・・・あれ?・・・」
「どうしたんだよ?」
「あれは何だ?」
一人が海を指差した。その先には、波打ち際に巨大な貝が打ち上げられて、貝の上を波が洗っている。
「でかいな・・・」
やがて、貝がボーっと光を放ち始めた。そして・・・。
「開くぞ!」
貝が口を開いていく。すると・・・。
「「「オ〜〜ッ?!」」」
貝の中には、可愛らしい女の子が横たわっている。
「・・・」
驚きで声も出ない男たち。やがて女の子が貝の中に立ち上がった。見事なプロポーションのビキニを着た美少女に心を奪われる男たち。その男たちに、女の子が微笑みかけた。
「ねえ・・・こっちに来ない?」
男たちが貝に向かって走っていく。微笑みかける女の子。その彼女の足元・・・波打ち際では、彼女の子供たち・・・巨大な貝の群れが、男たちが来るのを待ち構えていた・・・。
ビーナス? (終わり)
こんにちは! 逃げ馬です。
今回は、ちょっといつもとは違うホラータッチのものを書いてみようと思って書いてみた短編です。いかがでしたか?
これからいったい何が起こるのか? たくさん増えた貝がいったい何をしようとしているのか? また、機会があれば書いてみたいですね(^^;
では、最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。
2002年5月 逃げ馬
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