ここは、純愛女子学園。幼稚園から大学まで揃った学園だ。

 しかし、この学園は女子学園。しかも、教職員、生徒全てが女性の女子学園だった。
 そして春・・・新生活の季節。この学園にも、新入生や新任教師たちが入ってきた。




 学校の聖母シリーズ?

新生活

 

:逃げ馬

 




 『ブルルルルルルルッ・・・・』
 まるでラリーでも始めるかのような大きなスポイラーをつけた車が純愛女子学園の校門をくぐっていく。まだ春休みのためか生徒は少ないが、クラブ活動のために登校していた生徒たちは、驚きの視線を向けている。
 『ガチャッ』
 ドアが開き、ブランド物のスーツに身を包んだ長身の男が車から降りてきた。
 「ここが“純愛女子学園”か・・・」
 黒いサングラスを外すと男が周りを見回す。女子学生たちが何事かと遠巻きに見守っている。彼は集まっている女子生徒に視線を向けた。
 「可愛い娘ばかりじゃないか・・・」
 男はニヤリと笑うと女の子たちに手を振った。女子学生たちは驚いてお互いに顔を見合わせている。
 「フフフッ・・・女子校か・・・この不景気にいいとこに就職できたな。これから毎日が楽しみだ」
 男は校舎を見上げると、
 「立派な校舎じゃないか・・・うちの大学より綺麗だぞ・・・」
 小さくため息をつくと、
 「さあ、挨拶でもしてこようか・・・」
 男は校舎に向かって歩いて行った・・・。

 「白原薫さん・・・本当にあなたが?」
 校長室で中年の女性が立派な机の前に座っている。その女性の前にはあの男が立っていた。
 「ハイ・・・僕が白原薫です」
 「本当に?」
 校長が首を傾げた。男が笑う。
 「よく間違われるんですよ・・・名前は女っぽいし、外見もどちらかと言うと女顔ですし」
 男が「ハハハッ」と笑った。校長の顔には困惑した表情が浮かんでいる。
 「まあ・・・とりあえず・・・」
 校長は電話を手に取ると、
 「もしもし・・・矢沢先生? 新しく入る先生に校内を見せてあげてくれない?」
 『コンコン』
 しばらくすると校長室のドアをノックする音がした。
 「どうぞ!」
 校長先生が答えると、
 「失礼します・・・」
 校長室のドアが開いてピンク色のスーツを着た若い女性が入ってきた。彼女は矢沢詠子。この学校では数学を教えている。
 『ヒュ〜』
 男が口笛を吹いた。校長先生が驚いて男を睨みつける。女性はチラッと男性に視線をやったが、そのまま校長先生の机の前に立った。
 「この方をですか?」
 「ええ・・・お願いしますね」
 女性は白原の方に向き直った。白原がニヤリと笑って会釈した。しかし女性は表情を変えなかった。
 「こちらにどうぞ!」
 女性は先に立って校長室のドアを開けた。白原が女性にウインクした。しかし、女性はそれを無視して校長先生に一礼した。ドアが閉まると校長先生は再び電話を手に取った。
 「小島先生? すいませんが校長室まで来てくださる?」
 しばらくして、中年の女性が校長室にやって来た。彼女は小島泰子。この高校では最古参の教師で家庭科を担当していた。
 「お呼びでしょうか?」
 彼女は校長先生の机の前に進み出た。
 「ちょっと・・・困ったことが起きたのよ・・・」
 校長先生が小島先生を見つめた。


 「ここが・・・この学校の礼拝堂です・・・」
 矢沢先生が樫の木で出来た立派な扉を開けていく。
 「へえ〜・・・」
 二人の目の前には立派な礼拝堂が広がっている。通路を挟んで両側にはたくさんの座席が並んでいる。そして二人の正面・・・礼拝堂の一番奥には大きな聖母像が二人を見下ろすように立っていた。
 「これがこの学校の象徴・・・私たち女性を守ってくださる聖母像です・・・」
 案内していた矢沢先生が微笑みながら聖母像を見上げた。彼女は恍惚とした表情で聖母像を見上げている。
 「・・・こうしていると・・・心が落ちついて来るでしょう・・・?」
 微笑みながら白原を見る矢沢先生。しかし、白原は聖母像を見ていなかった。
 「チッ・・・馬鹿馬鹿しい・・・」
 白原は舌打ちをしながら聖母像に背を向けた。矢沢先生を置き去りにしてさっさと礼拝堂を出ようとしている。礼拝堂の中に白原の革靴がたてる足音が響く。
 「お祈りされないのですか?」
 矢沢先生の澄んだ声が礼拝堂の中に響く。
 「馬鹿馬鹿しくて・・・そんなことできるかよ! さっさと次に行こうぜ!」
 白原が背中を向けたまま言った。矢沢先生は憮然とした表情で白原の背中を見つめていたが、やがて聖母像に一礼すると礼拝堂を出て行った。
 白原と矢沢先生が学園の中を歩いて行く。校庭ではクラブ活動をしている生徒たちが元気な掛け声をかけながら汗を流している。白原はしばらく立ち止まってニヤニヤしながらそれを見つめていた。
 「どうかしましたか?」
 矢沢先生が訝しげに尋ねると、
 「ハハハッ・・・あの娘たち、可愛いなあと思ってね!」
 矢沢先生は呆れながら白原を見つめている。
 「いやあ・・・本当にいいところに就職できましたよ! むさ苦しい男はいないし、あなたのような美人の同僚はいるし、生徒たちは若くて可愛らしい女の子ばかり・・・これからの毎日が楽しみだよ!」
 白原は高笑いをしながら廊下を歩いて行く。矢沢先生は呆然とその後姿を見つめていたが、やがて我に帰るとハイヒールの音を廊下に響かせながら白原の後を追った。


 「男性教師が・・・この学校にですか?」
 小島先生が驚いたように校長先生の顔を見つめている。
 「ええ・・・そうなの・・・」
 校長先生が小さくため息をついた。メガネを取って瞼の上を軽く押した・・・疲れているようだ。
 「去年退職した先生がいたでしょう・・・その補充のために私の大学時代の恩師に推薦をお願いしたの・・・名前を見て・・・私も事務長も女性だと思い込んでいたから・・・」
 小島先生は、しばらく何か考えていたが、
 「どこか・・・他の学校を紹介した方が良いでしょうね・・・」
 「やはり?」
 小島先生は小さく頷くと、
 「我が校は、伝統的に、教職員も生徒も女子しか受け入れてきませんでした。これは変えるわけにはいきません。この方針を変えれば・・・いったい何が起きるか・・・」
 校長先生も頷いた。
 「私たちは、聖母様に守っていただいています。聖母様に守られているこの学園は、いわば女性にとっての聖域です。その聖域に常時男性を立ち入らせるわけにはいかないでしょうね」
 校長先生は頭を抱えている。
 「とにかく・・・彼が帰ってきたら説得しましょう。手伝っていただけますか?」
 校長先生が小島先生を見つめた。
 「わかりました!」
 小島先生は、校長先生をしっかり見つめると一礼した。
 
 
 『コンコン・・・』
 「失礼します」
 校長室のドアが開き、白原と矢沢先生が戻ってきた。校長先生と矢沢先生が二人に向き直る。
 「どうでしたか?」
 校長先生が作り笑いを浮かべた顔を白原に向けた。白原はニヤニヤしながら、
 「いやあ・・・いい学校ですね。これからが楽しみです!!」
 『いったい何が楽しみなんだか・・・』
 矢沢先生は白原の横顔を見つめながら苦笑いしている。小島先生は冷たい視線を白原に向けていた。
 「言いにくいのだけど・・・・」
 校長先生が重い口を開いた。
 「この学校の教職員は全て女性なの・・・今まで男性をこの学校に入れたことはないの・・・」
 校長先生が白原の目をじっと見つめている。白原はニヤリと笑った。
 「じゃあ、僕がこの学園で最初の男性教職員になるわけですね」
 『これなら女子生徒にもてるぞ! まさに俺にとっては“天国”だな』
 白原はそんなことを考えていた。校長先生が苦笑いをしている。
 「だから・・・私たちが新しい学校を紹介しますから・・・」
 「僕をこの学校に入れないと言うのですか?!」
 白原が声を荒げながら校長先生を睨みつける。
 「それは、男女の雇用機会を均等にしようと言う最近の方針に反するでしょう?! 完全な男女の逆差別じゃないですか!!」
 白原が興奮気味に叫ぶ。
 『冗談じゃない・・・こんなに俺にピッタリの職場を失ってたまるか!』
 そんな考えが頭をよぎった。
 「でもね・・・これは学校の方針ですから・・・雇用条件はこの学校と変わらない職場を私たちが責任を持って・・・」
 校長先生が白原を落ち着かせようと優しく話しかけるが、
 「・・・もし、僕をこの学校で雇わないと言うなら僕は裁判所に訴えます!」
 校長先生を睨みつけながら白原は低い声で言った。校長室に冷たい沈黙が漂う。やがて、小島先生が小さくため息をつくと、
 「あ・・・もうこんな時間ね・・・」
 校長室の壁につけられた時計を見ると、
 「矢沢先生・・・今日、登校している教職員を礼拝堂に集めてくださる?」
 「エッ?」
 「もう、礼拝の時間でしょう?」
 小島先生が矢沢先生に目配せした。しかし、白原は全く気がつかない。
 「あ・・・ハイ、わかりました! そうですね・・・」
 矢沢先生がニコニコしながら校長室から出て行く。白原は怪訝な表情で彼女の後姿を見送った。
 「さあ、あなたも一緒に行きましょう」
 小島先生が白原に声をかけた。
 「エッ? なぜ僕が行かなきゃならないのですか?」
 白原が小島先生を睨みつけた。しかし、小島先生は優しく微笑みながら、
 「あなたもこの学校で教師をするのなら、きちんと聖母様にお祈りしなければね。私たちは毎日お祈りしているのよ」
 「それは、信仰の自由に・・・」
 白原が食ってかかろうとすると、
 「まあまあ、良いじゃないの・・・」
 小島先生は、後ろから白原の背中を押しながら校長室を出て行った。校長先生は、にっこり微笑みながらそれを見送っていた。


 白原が小島先生に促がされて礼拝堂の大きな扉を開けた。礼拝堂には、矢沢先生をはじめ、この学校の教職員が集まっていた。
 「・・・」
 なんとも言いようのない雰囲気に、白原は不安げに周りを見回す。天井の高い、独特の装飾が施された礼拝堂の中には香の甘い匂いが立ち込めてる。いや・・・それは女性の匂いなのかもしれないが・・・。
 「さあ、聖母様の前に進んで・・・」
 小島先生が微笑みながら白原を促がす。白原はなぜか小島先生に逆らえなかった。言われるままに、彼は聖母像の前に進んで言った。
 「さあ、祈りなさい・・・」
 白原が聖母像の前に跪き祈りを捧げる。周りから祈りの声が聞こえだす。次の瞬間、聖母像から強烈な閃光が放たれた。
 「うわ?!」
 白原が一瞬よろめく。彼が体を起こしたとき、彼の視界に奇妙な物が見えた。
 「何なんだよ、これは?!」
 彼の腹部に、チューブのような物がつながっている・・・その先は聖母像の腹部につながっていた。
 「こんなもの!」
 白原がチューブを外そうと必死にチューブを引っ張る。しかし、チューブは伸びるだけで全く外れそうにない。
 「くそ!」
 怒鳴る白原。祈りの声が大きくなってくる。するとチューブの中を何か温かい物が白原の体に流れ込んできた。
 「ああ・・・・」
 白原は思わず声を上げた。なぜか恍惚とした気分になっていく。まるで体が浮き上がるような感じだ・・・。
 「ん?・・・」
 なぜか体がむずむずする。体を見下ろすと見る見るうちに彼の胸が下から押し上げられるように膨らんでいく。
 「!!」
 訳が分からず、その膨らみを思わず掴む白原。
 「アッ・・・」
 思わず声が漏れる。彼の手からは何か柔らかいものを掴んだ感覚・・・そして胸からは手で掴まれた感触が彼の脳細胞に伝わる。
 「そんな・・・」
 呟く白原。その間にも、彼のウエストは細くなり、ヒップが大きくなっていく。それだけではない・・・彼の着ているスーツは、いつの間にかブカブカになっている。袖の先からは白く細い綺麗な指先が見えているだけだ。
 「まさか・・・」
 頭が痒くなってきた。手で頭を触ると、髪がするすると伸びてあっという間にロングヘアーの綺麗な髪になっていく。
 「そう・・・あなたは女の子になるの・・・」
 小島先生が微笑む。白原は、はっとして小島先生を振り返った。
 「なぜ・・・?!」
 白原が叫ぶ。しかし、その声はすでに女性の高い声だった。
 「あなたはこの学校に勤めたいのでしょう? 私たち教職員は、この聖母様に使えて素晴らしい女性たちを社会に送り出すのが勤め・・・だからこの学校の教職員は全て女性なの・・・」
 小島先生がにっこり微笑む。その笑顔を見て凍りつく白原。
 「だから・・・あなたも女性になるの・・・」
 次の瞬間、白原の胸に出来た豊かな膨らみを何かが締め上げた。
 「いやだ〜!!」
 白原の悲鳴が礼拝堂に響く。
 「俺は・・・女になんか・・・」
 白原のはいているトランクスが、今までより少ない面積をぴったり覆う。やがて、服の変化は白原の視界でも起き始めた。ブランド物のスーツは水色に変わり女性もののスーツに変わってしまった。ワイシャツは柔らかくなり白いブラウスになってしまった。そして、ズボンがどんどん短くなっていく。
 「ああ・・・」
 やがて、ズボンは彼の目の前で水色のタイトスカートになってしまった。いつの間にか、その足に履いていたはずの革靴はハイヒールに変わっていた。
 そう・・・いまや白原はこの学校に入る新任の“女性教師”になってしまった。
 呆然と自分の体を見下ろす白原。
 「さあ・・・お立ちなさい・・・」
 小島先生が白原に声をかけた。白原がゆっくりと立ち上がる。
 「これであなたも、この学校の教員です」
 小島先生の言葉に、
 「何てことしてくれるんだよ! 俺は女になんか、なりたくないんだよ!」
 白原が一気にまくし立てる。しかし、小島先生はにっこり微笑むだけだった。
 「あなたも・・・もうすぐ女性の素晴らしさが分かるわ・・・」


 暗くなった学校の駐車場をハイヒールの音を響かせながら若い女性が歩いていく。
 「まったく・・・なんて学校だ! ここは!!」
 白原だった女性が呟きながら歩いていく。自分の車が止めてあるはずのところまで来ると、
 「あれ・・・どうなっているんだ?!」
 彼がこの学校に乗ってきたはずのスポーツ車が停めてあるはずの場所には、かわいらしい軽自動車が停まっていた。自分の手の中のキーを見つめる白原だった女性。キーを車に差し込むとドアロックが外れた。ため息をついて車に乗り込む白原だった女性。
 「なんてこった・・・」
 エンジンをかけると、車を自分のマンションに向かって走らせた。


 『ガチャッ』
 マンションのドアを開けると照明のスイッチを押した。部屋に蛍光灯の明かりがともる。
 「こんな姿にされてしまって・・・いったいどうしろというんだよ!」
 次の瞬間、白原だった女性は言葉を失ってしまった。
 それは、彼の見慣れた部屋の風景ではなかった。窓には薄いピンク色のカーテン。ベッドの枕元には、くまのぬいぐるみが置かれている。テーブルの上に置いたままになっていた青年誌は、女性向けのファッション雑誌になっている。そして、彼の部屋には絶対無かったはずのドレッサーが・・・。
 「何なんだよ・・・部屋までが・・・」
 ハッとした表情を見せる白原だった女性。クローゼットの前に走ると、乱暴に扉や引き出しを開けて中の服や下着を引きずり出していく。
 「そんな・・・」
 クローゼットの前に座り込む白原だった女性・・・ハンドバックに手をやると細く白い綺麗な指で免許証を取り出した。
 「何もかも・・・僕の存在が女性になっているなんて・・・」
 免許証の写真を呆然と見つめる・・・。
 「ウッ・・・」
 頭を抱える白原だった女性・・・指から免許証がフローリングの床に落ちた。
 「何かが・・何かが僕の・・・わたしの頭に・・・」
 白原の目に、フラッシュバックするように映像が映る。小さな女の子が、小学校、中学校、高校、そして大学生へと成長していく様子。両親の顔、友人の顔、そして、今日会った学園の教員たちの顔・・・やがて、白原だった女性は気を失って床に倒れた・・・。


 翌日

 朝のさわやかな日差しの中を、かわいらしい軽自動車が走っていく。やがて軽自動車は、純愛女子学園の校門をくぐった。駐車場に車を停めると紺色のスーツ姿の若い女性が車から降りてきた。
 「おはようございます。白原先生」
 小島先生が微笑みながら声をかけた
 「アッ・・・小島先生。おはようございます!」
 白原先生がさわやかに笑った。彼女は、白原かおる。この春、大学を卒業してこの純愛女子学園の高等部に教師とて採用された。
 「がんばってね!」
 校長先生が優しく肩を叩いた。
 「緊張しているんです」
 苦笑いする白原。
 「そう・・・それじゃあ、聖母様にお祈りしてから始業式に行きましょう!」
 「はい!」
 ブレザーの制服を着た女子生徒に混じって、礼拝堂に向かって歩いていく白原と小島先生。


 ここは、純愛女子学園。幼稚園から大学まで揃った学園だ。
 しかし、この学園は女子学園。しかも、教職員、生徒全てが女性の女子学園だった。
 そして春・・・新生活の季節。この学園にも、新入生や新任教師たちが入ってきた。
 そう・・・彼女の“新生活”は、始まったばかりだ・・・。



 新生活(終わり)








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