思い出の彼方に・・・


作: 逃げ馬







 柴田圭一は、城南大学付属高校の三年生、成績は、いつも学年で一番を争っている。
 180cm近い身長と、細面の顔、そして、高校のテニス部のエースプレーヤーで、インターハイ準優勝の実力とくれば、学校のヒーローになりそうなものだが、・・・実際には・・・。
 「柴田君は、凄すぎてちょっと近寄り辛いよね〜。」
 圭一にとっては、なんとも理不尽なことになってしまう。

 そんな圭一の今の憧れは、同じテニス部の女子部員の村田良美だった・・・。小柄で、ストレートのロングヘアー・・・いつも、その髪をなびかせて、少しはなれたコートで、ボールを追っている。いつも、彼女が居ると周りが明るくなる・・・そんな彼女を、圭一は、いつも視線の隅で追いかけていた・・・。

 「おい、圭一!」
 同級生で、同じテニス部員の竹内俊介が、声をかけてきた。
 「おまえ・・・また、村田のこと見てるんじゃないのか?」
 「いや・・・さあ、練習しようか?」
 「おいっ!」
 俊介が、圭一の腕をつかんだ・・・。
 「駄目でもともと・・思い切って言っちゃえ!」
 肩を、ポンと叩くと、俊介は、ラケットを持ってコートに入っていった。
 俊介と、圭一は中学校時代からの付き合いだ。俊介をテニスに誘ったのは、圭一だった。高校に入学してからクラブ活動に迷っていた俊介を、半ば強引にテニス部に入れた。
 しかし、入部後、俊介はメキメキと実力をつけて、今では、圭一に次ぐ実力を持っている。

 彼の所属している、城南大学付属高校のテニス部は、県下・・・いや、日本でもトップレベルの、高校テニス部で、OB・OGの多くがプロテニスプレイヤーになっていた。
 それだけでなく、学業成績も重視され、顧問の滝沢先生は、
 「変な成績を取ったら、その部員は大会前でも、練習や、大会には参加させない!」
 と常々言っていた。しかし、その手腕は、日本のテニス界でも認められていた・・・。

 その日も、練習を終えた圭一は、参考書を見ながら電車に乗っていた。
 「圭一、今帰りかい?」
 声をかけてきたのは、城南大学の法学部に通っている1歳年上の早川正敏だった。正敏は、圭一の家の近所に住み、小さな頃から、兄弟同然の付き合いをしていた。
 「あっ・・・正兄ちゃん。」
 「ほら・・・。」
 圭一は、小さな紙袋を圭一に渡した。
 「あっ・・・電車でGO3じゃないか。」
 中からゲームソフトが出てきた。
 「おまえ、早くやってみたいと言ってたよな。丁度売ってたから、今日、おまえの家に行こうかと思ってたんだ。」
 「うん、帰ったら、うちにきてよ!」

 「ただいま!」
 圭一は、家に帰ると部屋にかばんを置いて、リビングに向かった。
 「お帰り!」
 圭一の母親が、テーブルに料理を並べている。
 父は、リビングのソファーに腰掛けて、書類を見ている。
 圭一は、一人っ子・・・父は、城南大学の工学部の助教授、母も、小学校の先生だ。
 「後で、正兄ちゃんが、遊びに来るって・・・。」
 「そう・・・じゃあ、何か用意しとくね。」
 母と、話しながら、テーブルについて、家族で食事をはじめた。
 「どうだ、この前の試験は、良かったか?」
 父の問いに、圭一は、
 「うん、まずまず・・・でも、最近は、みんな成績が上がってきてるから。」
 「滝沢君が、ハッパをかけているのだろう?」
 父が、笑いながら話す・・・グラスにビールを注ぎながら、
 「大学のほうにも聞こえてくるぞ・・・テニスで、全国トップレベルまで持っていきながら、一方では学年一位の生徒を出しているとな!」
 父が、機嫌よく笑っている。
 「おまえのことだよ。」
 圭一も、笑った。
 『ピンポーン』
 母が、玄関に出ると、
 「圭一、正敏さんが来たわよ。」


 二人は、圭一の部屋で、早速、正敏の買ってきたゲームをしていた。
 「正兄ちゃん!非常ブレーキをかけちゃ駄目だったら!!」
 「うるさい!!」
 二人は、小さな頃から、この調子だった・・・お互い一人っ子の二人は、いつも兄弟のように接していた・・・これは二人が男同士だったからだろうか?
 「アアッ・・・またゲーム・オーバーだ・・・これ難しいな!」
 正敏が言うと、
 「そんなことないよ!」
 圭一が始める・・・順調に電車は、画面の中で走っている・・・。
 「圭一・・・今年は、受験だろ。やっぱり城南を受けるのか?」
 「うん!・・・法学部!」
 圭一の目は、画面に向けられたままだ。
 「工学部じゃないのか?おまえ、理数コースだろ!」
 「う〜ん・・・父さんと違う方向に行きたいし・・・。」
 「なるほどな・・・」
 その時、ドアをノックする音がした。ドアを開けると、圭一の母親が、ケーキとコーヒーを持って立っていた。
 「どうぞ、何もありませんが。」
 「あっ・・・どうかお構いなく・・・いつもすいません。」
 母親が、部屋を出て行くと、二人はいつものように、いろいろな話をしていた。学校のこと、友達のこと、クラブ活動のこと・・・。
 その時、正敏は机の上にある写真に目を留めた。
 「圭一・・・この娘は?」
 「あっ・・・駄目だよ!!」
 正敏は、ひょいと写真立てを取り上げてみる。
 「可愛い娘じゃないか・・・圭一の彼女か?」
 「そんなんじゃないよ!返してくれよ!」
 「おいっ!」
 正敏は、ちょっと真剣な顔をして圭一を見つめた。思わず動きを止める圭一。
 「圭一・・・この娘の事、気にしてるなら、言っちゃえよ・・・。」
 「でも・・・。」
 「そりゃあ、駄目かもしれないよ・・・相手のあることだからな・・・。」
 ちょっとおどけた仕草の後、もう一度真剣な顔になる正敏。
 「でも、自分の気持ち・・・相手にわからせないと、何も先に進まないじゃないのか?僕は、そう思う・・・おまえを応援してるよ。」
 圭一は、心配してくれている正敏の気持ちがありがたかった・・・そして、改めて自分の兄のように感じていた。


 次の日の昼休み・・・圭一たちは皆で集まって弁当を食べていた。一人が突然、思い出したように言った。
 「おい!誰か城南大の七不思議の話、知ってる?」
 「何、それ?」
 圭一が言うと、居合わせた一人が、
 「あっ・・・呪いのビデオの話か?」
 「そうそう。」
 「えっ・・・どんな話?」
 「圭一が知らないのは、意外だよな。親が、大学にいるのに・・・。」
 「藤田!いいじゃないか、そんな事言うなよ。」
 もう一人が止めた。
 藤田と呼ばれた男子生徒が話し出した。
 「5年程前に、城南大の、経済学部にものすごく綺麗な女子大生がいてさ。真鍋かおるって言ったかな?スカウトされて、デビューすることになったんだって!」
 「うん・・・良くある話だね。」
 「それで、まず、プロモーションビデオを撮りに、南の島にロケに行ったんだ。で、撮り終わった後、彼女だけが大学があるから、先に帰ることになったんだ。その飛行機が、事故で・・・。」
 「あっ・・・5年前の旅客機墜落事故の話?」
 「そう・・・。」
 藤田が言った。
 「その後の話になるんだ・・・。」
 藤田が、手に持った箸を振り回しながら、話しつづける。
 「彼女のいつもいたゼミ室・・・13号館の13号室かな・・・そこに、夜の12時に、女の子の人影が現れるらしい。」
 「ハハハハッ」
 圭一は、声を出して笑った・・・彼は、幽霊などは信じないタイプだ。
 「ありがちな話だなあ・・・。」
 笑いすぎて、涙を拭きながら言う圭一・・・しかし、藤田は、ちょっとムキになって話し出した。
 「笑い事じゃない!それだけじゃないんだ・・・。」
 「何が・・・?」
 「その人影を見た男の所には、ビデオテープが届くらしい・・・それに、彼女が映っているんじゃないかと・・・・そのビデオに彼女の無念な思いが染み付いていて、見た男を女の子にすると・・・。」
 圭一が、話をさえぎった・・・。
 「プロモーションのVTRは、撮ったんだろ・・・誰かが悪戯でそれを送ったんじゃないか? それに、男が女になんか・・・なるわけないだろ!テレビの見すぎだぞ!」
 「それだけじゃない・・・これは、うちの高校でもあったんだけど・・・。」
 「えっ・・・うちの高校でも?何が・・・。」
 いあわせたみんなが、上半身を机の上に乗り出してくる。
 「ああ・・・入学式の時と卒業式の時で、男女比が変わってるんじゃないかと言う話が・・・。」
 「そんなの、名簿を見ればわかるだろ・・・。」
 「いや・・・名簿は名前が入学のときにも、卒業のときにも同じらしい・・・。」
 「それなら、勘違いだろ。」
 圭一の言葉に、藤田は。
 「いや・・・例えば、うちの学年のクラスの男女比は?」
 圭一に聞く・・・圭一は、
 「それは、ほとんど半々だよ。」
 「一年から、三年まで変わらないよな。」
 「もちろん!」
 「それが、三年で、クラスの三分の二が、女子だったら?」
 皆が、黙り込んでしまった・・・。
 名簿は、「変わりない・・・みんな、途中で変わった奴がいると覚えているわけでもない。しかし、何かが違うと言う思いだけはある・・・可愛い女の子が集まった『美人ゼミ』と言われたゼミも、大学にあったらしい・・・工学部で、そんなに女子大生が集まるゼミなんてないはずだろ。そんなことが、あったらしいぞ。」
 そう言うと、藤田は、弁当箱を片付けて席を立った・・・。


 この日は、クラブ顧問の滝沢先生のはからいで、テニス部は“休養日”ということになっていた・・・。
 圭一は、駅に向かって歩いていた。
 「柴田く〜ん!」
 振り向くと、村田良美が、友達と歩いていた。
 「あっ・・・村田さん・・・。」
 ドキッとする圭一・・・。
 「今帰り?」
 何とか話そうとする圭一・・・。
 「うん・・・たまに早く帰れたから、これからちょっと友達と遊びに・・・。」
 女友達と、明るい笑顔で顔を見合わせる良美・・・そんな良美が、圭一には、まぶしかった。
 「じゃあね!」
 「うん・・・またね。」
 良美たちの後姿を見送る圭一・・・圭一は、相手は女の子なのに、何故か良美と一緒に遊びに行く女の子達が、うらやましかった・・・。
 


 翌日の朝、学校に着いた圭一は、教室に向かう廊下でバッタリと良美に会った。
 「あっ・・・柴田君おはよう!」
 明るいとびっきりの笑顔で挨拶する良美。
 圭一は、頭の中には、正敏や、親友の竹内俊介の声が、聞こえた気がした・・・
 『・・・言っちゃえよ・・・。』と・・・。
 深呼吸すると、
 「村田さん、ちょっといいかな?」
 「なあに?」
 明るい声で聞く良美・・・。
 人影のない廊下まで来ると、圭一は、彼の中の勇気を奮い起こして言った。
 「突然、こんなことを言うと、ビックリするかもしれないけど・・・村田さん、今、付き合っている男の子いるのかな?・・・クラブで一緒に練習をしたり、話したりしているうちに、僕は、君のことを好きになっちゃって・・・。良かったら・・・。」
 「それ以上言わないで!」
 良美が、言葉をさえぎった・・・。
 「ありがとう・・・でも、私たち、今のままがいいんじゃないかな?柴田君・・・私よりもっと良い女の子がいると思うよ・・・。」
 良美は、歩き始めた・・・。
 「ありがとう・・・早くしないと授業が始まるよ!」
 明るい声と、笑顔だったが、圭一には、慰めにならなかった・・・。


 放課後のクラブの練習・・・城南大付属高のテニス部は、コートを8面も持っているため、顧問の滝沢先生の、『男子と女子では、プレースタイルが違う。』という考えもあり、基本的に男子と女子は、分割して練習をしていた。
 いつものように、練習中に、ついつい良美に目が行ってしまう圭一・・・。その圭一の視線に気付くと、すーっと離れていく良美・・・。圭一は、たまらない寂しさを感じた。
 「圭一・・・。」
 親友の俊介が、全てを察して声を掛けようとする・・・。しかし、彼は、なんと言ってよいのか、かける言葉も見つからなかった。

 帰り道・・・駅に向かう圭一は、高校の前のハンバーガー・ショップでテニス部の女子部員たちと笑顔で話している良美を見た。良美も、外の圭一に気付いて、会釈をした・・・圭一は、言いようのない寂しさ、辛さを感じていた。
 「女の子たちは、いいよなあ・・・あの娘とあんなに仲良く話している・・・。」
 圭一は、呟いた・・・。
 「なんだか、損をするのは、男ばかりだなあ・・・。」
 急に圭一は、今までの自分に空しさを感じていた。
 『僕だってそんなに顔・・・悪くないと思っていたのに・・・女の子たちに嫌われるような性格でもないと思うし・・・勉強だって頑張ったのに・・・これから、大学に行っても、その先に何があるのかなあ・・・。ひょっとしたら、一番必要な事を失うんじゃあ・・・。』彼には、人に一番必要なものの、持論があった・・・それは・・・。

 「・・・?」
 圭一は、その先を歩いている正敏に気がついた。声を掛けようと思ったが、少し躊躇った・・・。なんだか落ち込んでいるように思えたのだ・・・。圭一は、気持ちを切り替えて、声を掛けた。
 「正兄ちゃん!」
 正敏が、振り返った。圭一は、駆け足で追いついた。
 「兄ちゃんどうしたの?なんだか暗い顔をして。」
 正敏が、苦笑した。
 「いろいろあってね。」
 正敏の言葉に、圭一は、全てを察した・・・。圭一は、無理やり明るい声でおどけて見せた。
 「兄ちゃん、また、女の子に振られちゃったの?」
 「・・・・・・・。」
 正敏は、苦笑いをしたまま答えない・・・。
 「ふ〜〜〜う・・・。」
 圭一がため息をつくと、正敏が思わず笑い出した・・・。
 「おまえがため息をつくことないだろう!」
 足音がした・・・。振り向くと、可愛らしい女の子が、早足で追いついてきた。
 彼女は、追いつくと正敏の方を見て会釈をして追い越していった。正敏の表情が曇った。圭一は、正敏を励まさなければと思った・・・。
 「兄ちゃん・・・あの女の人なの?」
 答えない正敏に向かって圭一は、
 「可愛い人だね。まるでモデルか、アイドルみたいだ。」
 「クラスのアイドルだからね。」
 正敏が、何とか呟くように答えた。
 圭一は、突然、自分のことを思い出していた・・・。
 「兄ちゃん・・・。」
 「・・・・?」
 正敏が、圭一を見た。
 「実は、僕も失恋しちゃったんだ。」
 圭一は、明るく言った。
 突然、正敏が噴出すように笑った。しばらくニコニコしていた正敏は、
 「よし、今日はちょっと気晴らしをして帰ろう!」
 正敏は、圭一を駅前の居酒屋に連れて行った・
 圭一は、初めてサワー(チュウハイ)を飲んでいた・・・。そして、今日失恋したこと、女の子との関係が悪くなったこと、今の不安な気持ちを話していた。正敏は、自分の苦しさを抑えて、圭一の話を聞いてやっていた。
 圭一は、自分の中での正敏の存在の大きさに、改めて気付いていた。
 『正兄ちゃんが、僕のそばに居なかったら、一体どうなるんだろう・・・困ったときには、いつも兄ちゃんがいた・・・。 ありがたいけど・・・これからは、どうなるんだろう。』
 圭一は、生まれて初めて酒を飲みながら思っていた・・・。

 帰り道・・・。
 「正兄ちゃん!男って疲れるよねえ。」
 圭一は、正敏に支えられながら歩いていた。
 「勉強頑張っても、希望の大学にいけるかどうかもわからない。その先に、何があるかもわからない!一緒に頑張ろうと思って、女の子にコクッてもうまくいかない・・・。」
 「おいおい・・・。おまえ、未成年のくせに飲みすぎなんだよ・・・!」
 正敏は、圭一をたしなめた。圭一は泣いていた。
 「圭一・・・おまえは成績が、学校で一番だって聞いてるよ・・・必ず希望の大学にいけるさ。」
 正敏が、声を掛ける・・・。
 「そしてどうなるの?」
 正敏は、何も言えなかった・・・。
 「兄ちゃん・・・僕、女の子に生まれてくれば良かった。」
 圭一は、また、明るく笑った。
 「そうだな、僕も、女の子に生まれたほうが良かったかもな・・・。こんなにもてないんじゃな!」
 正敏も笑って、圭一を家に送り届けた・・・。

 家に着くと、
 「まあ、正敏さん!すみません・・・ほら!圭一しっかりしなさい!!この子は、もう・・・。」
 母親が、呆れて言うと、
 「すいません、僕が、気晴らしに連れ出したんで・・・。」
 「いや・・・気にすることないよ・・・。」
 圭一の父親が、笑いながら言った。
 「これくらいのことがないとな・・・男は・・・。」
 「男は、しんどいよ〜!」
 圭一が酔った勢いで言った。
 「本当にすみませんねえ・・・ありがとうございました。」
 圭一の母親が、圭一を奥に連れて行くと、父親が笑顔で言った。
 「ご迷惑を掛けました。」



 暗い部屋の中で、圭一は、目を覚ました。頭がズキズキする・・・。圭一は、痛む頭で、記憶をたどった・・・。
 「そうだ・・・正兄ちゃんと・・・。」
 呟くと、ベットから降りて、机の所に行った。
 机の上の、写真に目をやると今日の悔しさ、悲しさを思い出してきた・・・。そして、今日の居酒屋での出来事・・・帰 りの、ハンバーガー・ショップでのこと・・・。
 「いいよな・・・女の子は・・・僕も、女の子なら・・・?」
 圭一の中で何かが引っ掛かった・・・あれは・・・?
 時計を見た・・・時間は、11時・・・。
 圭一は、服を着替えると足音を忍ばせて家を出た。自転車を引っ張り出すと大学に向かった・・。

 大学に着くと、まだ残っている者がいるので、簡単に入ることが出来た。
 「13号館の13号室・・・。」
 圭一は、13号館に向かった・・・校舎のあちこちに、まだ電気の明かりが漏れていた・・・。時計を見ると、11時55分・・・。
 暗い階段を上る・・・ここは、大学でも比較的古い建物なので、あちこちにペンキのはげた痕がある・・・。薄暗い照 明の中を13号室まできた。
 ドアに手をやる・・・嘘だと思いながらも、圭一は、確かめずにはいられなかった・・・もし、あの噂が本当なら・・・時計に目をやると、11時58分・・・。じっとり汗ばんだ手で圭一は、ドアを開けた・・・。

 暗い教室の中には、四角く机を並べられていた・・・。部屋の隅には、テレビがある・・・窓からは、月明かりが差し込んでいる・・・。
 『ガラガラ・・・。バタン!』
 突然、彼の後ろでドアが閉まった・・・。圭一は、思わず飛び上がった。心臓が、早鐘のような鼓動になった。震える腕の、時計を見た・・・12時!!
 「まさか・・・・!」
 ボウッとした光が、教室に現れた・・・それが、しだいに人の形になっていく・・・。圭一は、足が震えるのを感じた・・・。
光の中に、美しいロングヘアーをなびかせ、純白のワンピースを着た美少女が現れた・・・。
 「あなたは・・・?」
 美少女が聞いた・・・。
 「僕・・・僕は、柴田圭一! 君は誰だ!!」
 美少女は、にっこり笑った、ドキッとするような美しい笑顔だ・・・しかし、圭一の質問には、答えない。
 「私に会うと・・・女の子にされると聞かなかったの・・・?」
 美少女が、ゆっくり圭一に近づいてくる・・・何故か、金縛りにあったように、圭一の体は、動かなかった・・・。
 「じゃあ、あの噂は、本当だったのか!なぜ、そんなことをする!」
 「私は、女の子の素晴らしさ、人生の素晴らしさを教えているだけ・・・それに、私は、誰彼なしに、女の子にしているわけじゃないのよ・・・。」
 「・・・・?」
 「私が、女の子にしたのは、それを望んでいる人・・・本当の自分に戻ろうとする人だけ・・・。」
 圭一の方を向き直る美少女・・・可愛らしい笑顔で、圭一に言った。
 「その人たちに、私の分まで一生懸命生きてもらうの・・・。」
 「じゃあ、君は、やはり・・・。」
 彼女は、圭一の口を手で抑えた・・・圭一は、唇に暖かさを感じた。
 「それ以上は、言わないで・・・私は、ここでずっといろいろな人を見ていたの・・・。これからもずっと・・・いろいろな人が、新しいその人を見つける手助けをするために・・・。そして、私の分まで幸せになってもらうの・・・。」
 美少女は、窓際に立った・・・月明かりが彼女を照らしている・・・。
 「あなたも、いろいろ辛いことがあったようね・・・今、あなたは、自分の性に疑問を持っている・・・今の自分が、本当の自分なのか・・・これから、どうなっていくのか・・・?」
 圭一は、何も言えずに下を向いてしまった・・・。
 「私が、力を与えましょう・・・新しいあなたにしてあげる。」
 その時、圭一の頭の中に、正敏の笑顔が浮かんだ・・・。頭の中に、小さい頃からの正敏との思い出がうかんでくる・・・。
 「正兄ちゃん・・・。」
 圭一が呟いた・・・圭一は、考えた・・・今、自分が女の子になってしまったら、正敏は、女の子の自分と今までと同じように接してくれるのだろうか?もし、二人の関係(友情?)が崩れるようなら・・・。
 彼女は、圭一の心を読めるようだ・・・。
 「心配要らない・・・彼との関係は、崩れないようにしてあげるわ・・・今は、まず、あなたにそれを受け入れてもらうわ!」
 彼女が、部屋の中にあるテレビに向かって手をかざした・・・テレビの画面が映り、そこに、浜辺を歩く彼女が映っていた。ビデオを見ていると、圭一の心は、何故か落ち着いていった・・・。
 シーンが変わって美しい森の中・・・その中を彼女が歩いている・・・画面から目を離せなくなる圭一・・・カメラが、足元から、徐々に上を写していく・・・彼女の笑顔がアップになった・・・その時圭一には、彼女の目が光ったように思えた、次の瞬間、画面から強烈な光が放たれた。
 「ウワッ!!」
 圭一は、思わず床に倒れこんだ。

 床から起き上がった圭一は、全身が、敏感になりくすぐったくなってきた。
 胸のあたりがくすぐったくなってきた。自分の胸を見下ろすと、突然胸が、ムクムクと大きくなっていく。
思わず、手でつかもうとする圭一・・・手には、柔らかい何かを掴んでいる感覚が伝わり、彼の脳には、自分の胸からの、“掴まれている”と言うこれまでに体験したことのない感覚が伝わる。
 「こ・・・これって・・・。」
 圭一が呟く・・・。
 髪の毛がするすると伸びる・・・それは、最初からそこにあったように、肩甲骨の辺りまでサラサラのストレートヘアーを伸ばしていく。体が、小さくなっていく・・・それと同時に、ウエストが、細くなり、足は、内股になっていった。ヒップは、大きくなりその位置が高くなる・・・圭一の穿いているジーンズの中身は、パンパンになっていた。
 「ああっ・・・これは・・・。」
 その声に驚く・・・今まで聞いたことのない、可愛らしい、高く澄んだやさしい声だ。
 自分の手を股間に持っていく圭一・・・そこにあったものは、溶けるように消えていった・・・。その手を、目の前に持っていく。その手は、すっかり細くなり、以前より柔らかく、脂肪が増えているようだ・・・指は、細くしなやかになっている。
 顔も、ふっくら丸みを帯び、眉は、細く弓形を描いている・・・瞳は、大きくなり睫は長くなっていく。唇は、ふっくらとしてピンク色になっている・・・肌は、透き通るような白さだ。圭一の体は、すっかり同世代の少女のものになっていた。
 次に着ていたシャツが、変化を始めた・・・シャツのごつさが消えて、柔らかい滑らかな肌触りの白いブラウスになっていく。
 「服までが・・・。」
 圭一が呟く。
 突然、豊満な胸を、何かが「グイッ」と締め付けた。同時に、ジーンズの中にも、滑らかなピッタリとした下着があてがわれる。その意味を理解したとき、圭一は、顔を赤くしていた。
 ブラウスの上に、薄いピンクのセーターが、袖の部分を首に巻いて羽織る形になった・・・。ジーンズの足の部分がどんどん短くなり、ひざ上まで来ると、トンネルの部分が一つになって、デニムのショート・スカートになった。そのスカートに、スリットが入って、圭一の脚線美を見せつける。
 スニーカーは、かかとの高い靴になり、足には、紺のハイソックスを履いている・・・。
変化が終わった・・・。
 呆然としている圭一だった女の子・・・。美少女と言うのがピッタリだ。そこに、少女が近づいていく・・・。
 「これから、新しいあなたが始まるの・・・それを受け入れてね。私の分までしっかり生きて。」
 彼女の目に涙が浮かんでいる。呆然としたままの、圭一だった美少女を抱きしめる少女・・・。その涙が、圭一の胸に落ちると、綺麗なデザインのペンダントになった・・・。
 「お願い・・・。」
 少女は、圭一だった美少女から体を離すと手をかざした。圭一の姿が消えていった。少女は、しばらくそこにたって、手で、顔を覆って涙を流し続けていた・・・・。



 翌日の早朝・・・。圭一は、ベットから起き上がった。時間は、まだ5時半。ひどい頭痛だ、『そういえば、昨日は、正兄ちゃんに止められたのに、飲みすぎたなあ・・・。』そう思いながら、ベットから降りて立ち上がった・・・なんだかふらつく・・・からだのバランスがとりづらい。
 「えっ・・・?」
 驚く圭一・・・見慣れた部屋の雰囲気が違う!カーテンが、淡いピンク色に・・・ベットも、女の子の部屋のもののようだ、あっ!・・・大好きなモーニ○グ娘のポスターが、キ○タクになってる!
 圭一の頭の中に、昨日の記憶がよみがえった。まさかあれは・・・。
 ふと見ると、今までなかったドレッサーが、部屋の隅にあった。ドレッサーの上には、化粧品などもある。圭一は、初めて鏡を見た・・・そこには・・・美少女が映っていた。
 「そんな・・・これが僕だなんて・・・。」
 圭一は、呟いた。体を見ると、ピンクの縞模様の、女の子のパジャマの上からでも、体形の変化がわかった。胸は、ふっくらと膨らんでいる。股間は、なんだかさびしい。
 圭一は、足音を忍ばせて、バスルームに向かった。そこには、姿見がある・・・自分が本当に女の子になったのか・・・確認したかった。
 パジャマを脱ぐ圭一・・・パジャマの下から現れた胸には、白いブラジャーに包まれた膨らみがあった・・・。白いショーツの下には、男の頃の面影は、なかった。
 バスルームに入った。・・・圭一は、姿身の前に立って、正面から今の自分の姿を見つめた・・・。
身長は、165cm程だろうか・・・どちらかというとスレンダーな体は、どう考えても、体重が50kgもないだろう・・・。ストレートでサラサラのロングヘアー。顔は小さく整った顔立ちをしている、大きな瞳、長い睫、その瞳が不安げに鏡を見ている。
 胸には、トップとアンダーが、はっきりわかるほどの、形の良い・・・豊かな膨らみがあり、その先には、ピンク色の乳首が上を向いていた。そこから、キュッとくびれたウエスト・・・60cmもなさそうだ。驚くほど高い位置にあるヒップは、キュッとアップしている・・・股間には、男性だった痕跡は、全くない・・・そこからすっと伸びた健康的な太もも、足首はキュッと引き締まっていた・・・。
 「これが・・・今の僕なんだ・・・。」
 呟く圭一。
 圭一は、鏡に映る美少女に笑いかけてみた。
 鏡に映っている美少女も美しい笑顔を浮かべる・・・圭一が手を動かせば、鏡に映る美少女も手を動かしている。何より、ちょっと視線を落とせば、胸には深い谷間がある・・・。
 圭一は、おもむろにシャワーを出すと体を洗い始めた・・・初めて間近で見る(自分のだが)同世代の女の子の裸体にドギマギしながら体を洗う・・・胸や、秘められた部分を洗うと、そこから伝わってくる感覚に驚く・・・それは、何よりも今の女の子の姿が自分自身であることを改めて知ることになった。
 その白く美しい肌がシャワーから流れる水をはじき、肌や、その美しい髪から水滴が床に滑り落ちていく・・・バスルームから出ると、
 「あっ・・・着替えがないんだ・・・。」
 圭一は、焦った・・・。さっきまで着ていた物は、いつもの癖で、洗濯機に入れてまわしてしまった・・・。
 「しょうがないか・・・。」
 圭一は、体を拭いて、男だった頃のように、バスタオルを巻くと、洗面所を出て部屋に向おうとした。
 「圭子!なんてかっこしてるの!!」
 母親の声に圭一は、口から心臓が飛び出るほど驚いた。何よりも、女の子になってしまった体を見られて何を言われるか・・・。
 『まずい!!』心の中で叫んでいた。
 「もう・・・そんな男の子みたいなタオルの巻き方をして・・・あなたも女の子なんだから少しは、慎みを持ちなさい! それと、着替えくらいは自分でお風呂に持っていきなさいね!」
 そう言うと、母親は圭一の腕を引っ張って部屋に連れて行った。
 部屋に入ると、母親はクローゼットの下の引出しを引っ張った・・・。
 『あそこには、僕のトランクスが・・・・。』
 そう思ってみていると、そこからは、色とりどりのブラジャーやショーツが出てきた。
 『中が変わっている!』
 圭一は驚いた・・・それに、こんな姿の自分を見ても、驚かないどころか、まるで昔から、圭一が“娘”だったようだ・・・。
 「はい・・・もう、あなたも女の子なんだから自分でしなさいよ!」
そう言うと下着を渡して出て行ってしまった・・・バスタオルに包まった、圭一の手の中には可愛い水色のブラジャーとショーツ・・・ブラジャーを見ると“65D”と書いてある・・・。
 「服が変わっている・・・?」
 圭一は、クローゼットを開けてみた。同世代の女の子たちの着るような服が並んでいる。
 「ワンピース、スリップドレス?ロングスカートに、ウワッ・・・ミニスカートじゃないか・・・げっ・・・ジーンズがレディースになってるよ・・・。あっ・・・学生服が、女子の制服になってる!」
 別の引出しを開けると、ブラウスや、キャミソールが出てくる。
 「ふ〜う・・・。」
 圭一は、座り込んでしまった・・・。頭の中で必死に今の状況を把握しようとする・・・。いつかクラスメイトの藤田の言っていたことを思い出す。『名簿は、変わりない・・・みんな、途中で変わった奴がいると覚えているわけでもない・・・』
 「そうか・・・今、僕の周りは、前から僕が女の子だったように変わっているのかも・・・。」
 圭一は、通学かばんを机の上に置いた。かばんには、女の子らしいキャラクター・グッズがついている・・・。中から学生証を取り出した。学生証には、澄ました顔の女の子の写真が張ってある・・・『柴田圭子』クラス、学年は同じ・・・。圭一は、中学の卒業アルバムを取り出した・・・かつて自分の映っていた所には、さっきバスルームで見たより少し幼い感じの女の子が映っている。クラスの集合写真は、女子の方になっている・・・アルバムの後ろのクラス名簿も女子だ。ずっとためていた子供の頃からのスナップ写真も女の子になっている、七五三の写真が女の子になっていたのには、笑ってしまった・・・。
 「クシュン・・・。」
 可愛らしいくしゃみ・・・そうだ、さっきからバスタオル一枚だった・・・。
 圭一は、さっきの下着を目の前に持ってきた・・・。
 「これをつけるのか・・・?」
 圭一は、バスタオルをはずしてショーツを手にとると、長く美しい足を通して身につけた・・・男の頃より大きなヒップをピッタリサポートする。ブラを手に持った・・・これは、男だった頃には、当然着けていない・・・それなのに体は以前からそうしていたように手馴れた手付きで身に着けてしまった。形の良い圭一のバストをいっそう綺麗に見せる。
 クローゼットから高校の女子の制服を取り出す。真っ白なブラウス、胸に小さなリボン、紺色のブレザー、チェックの 膝丈のプリーツスカートを身に着ける。ふと、机の上にあるペンダントに目が行く・・・それを手にとる圭一・・・昨日の記憶がよみがえる。小さな透明の石がキラキラ朝日を反射している・・・プラチナのチェーン・・・・。圭一は、ゆっくりそれを身につけるとブラウスの下に隠した。
 リビングに降りた圭一。
 「おはよう」
 両親に挨拶する。
 「おはよう。」
 父親が言う。
 「圭子・・・昨夜はどこに行ったんだ?」
 「えっ?」
 驚く圭一・・・『圭子?両親も、僕が圭子という名前になったのに抵抗がないのか?それに昨夜は・・・。』
 「まあ、細かいことは言わんが、あまり女の子が遅くまで出歩くのは、感心しないぞ!気を付けなさい・・・。」
 父親は、大学へ行くための準備をするため書斎に行った・・・。
 母親がニコニコしながら食事を持ってきた。
 「さあ、気持ちを切り替えてしっかりご飯を食べて、いってらっしゃい!」

 学校に行くために駅に向かう・・・すれ違う男性が皆こちらを見ているようで、なんだか恥ずかしかった。
 「まるで女装をして歩いてるみたいだ・・・。」
 圭一は、呟いた。しかし、男性たちは女装をした男を物珍しくて見ているのではない。
 「あの子、可愛いよな・・・。」
 「モデルかなんかじゃないの・・・?」
 そう囁きあっていたが、圭一の耳には入らない・・・。
 その時、圭一は、正敏を見つけた。『この姿でわかるのかなあ・・・もし嫌われたら・・・。でも、昔から女の子の圭子ということになっているなら・・・。』
 圭子は、勇気を出して正敏のところに行った。
 「おはようございます。昨日は、ありがとうございました。」
 「ああ、おはよう。」
 正敏は、答えたが解らないようだ・・・圭子は、少し悲しかった・・・。その時電車が入ってきた・・・ドアが開く。
 「ほら、お兄ちゃん来たわよ!」
 圭子は、正敏の腕を引っ張りながら電車に乗り込んだ。
 電車が走り出す。
 「お兄ちゃん、今度、いつゲームをしようか?」
 「うん?・・・そうだなあ・・・。」
 正敏は、必死に記憶をたどっているようだ・・・あの少女の力は、ここまで届いていないのか?両親の記憶は、変わっているのに・・・。圭子は、淋しくなってきた・・・大事な人を失ってしまうのか・・・?大事な相談相手、頼りになる兄のような存在・・・いつもそばにいた正敏を・・・。電車が駅に近づく・・・ガタンとゆれた拍子に隣の人にぶつかった。
 「すいません・・・。」
 顔を見上げると、俊介だった。
 「柴田か・・・気をつけなよ。」
 ドアが開くと人の流れに流されるように、歩いていった・・・。
 学校まで、正敏と一緒だったが、いくら話をしても、彼には、おぼろげな記憶しかないようだった。別れた後、彼女は、思った。『このままじゃ嫌だよ・・・さびしいじゃないか!』
 その時、ブラウスの下でペンダントが光ったのを彼女は、気付かない・・・。

 圭子は、教室に向かう・・・。
 「柴田さん、おはよ〜。」
 「おはよう!」
 「しばた〜、おはよ〜。」
 男子生徒、女子生徒を問わず、挨拶される。圭子は、驚くと同時に、なんだか恥ずかしかった。
 廊下を曲がると、人とぶつかった。
 「あっ・・・。ごめん。」
 顔を見ると村田良美だった。
 「あっ・・・柴田さん、おはよう!気を付けてね。」
 良美の明るい声に驚く圭子・・・。同時に少しホッとした。
 「また、クラブでね!」
 明るい声で言う良美。
 「クラブ・・・じゃあ、僕は、まだテニス部なんだ・・・。」
 チャイムが鳴り出した・・・急いで教室に向う圭子・・・。
 授業が始まった・・・先生に当てられて、以前同様ハキハキ答える圭子・・・先生は、満足そうに、「さすがだな。」と言い、男子生徒から羨望の目で見られる。その中に、俊介の視線もあった・・・。圭子は、恥ずかしくなって下を向いてしまった。
 昼休み、一人で弁当を食べていると、クラスの女子が集まってきた。
 「ねえねえ、圭子、今日、隣のクラスの村田さんとケーキを食べに行くんだけど一緒に行こうよ。」
 「えっ・・・村田さんと、僕も行っていいの?」
 驚いて言う圭子・・・。
 「あたりまえじゃない、じゃあ、クラブが終わったら校門の前でね!」
 「・・・。」
 複雑な心境の圭子・・・女の子として会う恥ずかしさと、憧れていた女の子と遊びにいける嬉しさ・・・。
 「ふ〜う・・・。」
 ため息をつく。

 放課後、クラブ活動のために部室に行く。
 「ちょっと柴田さん、そっちじゃないわよ!」
 男子更衣室に入ろうとする圭子に、良美が言った。
 「あっ・・・。」
 「こっちよ!・・・もうしっかりしてよ!」
 「ごめん・・・。」
 かつての憧れの場所に入る圭子になった圭一・・・。
 良美のロッカーの横に『柴田』と書かれたロッカーがある。開けてみると、女子のテニスウエアが入っている・・・それもスコートだ・・・。
 「これって・・・。」
 圭子の言葉を聞いて、良美は、
 「えっ・・・どうかしたの?」
 「なんでもない・・・。」
 装飾のたくさんついたアンダースコートを持って、顔を真っ赤にした圭子が言った。
 「・・・!」
 横で、良美が下着姿になり、テニスウエアーに着替えている。あこがれの人の着替えを横で見る状況・・・しかも自然な状況に、圭子は、目のやり場に困った。
 「ほら、圭子は、いつも遅いんだから・・・早く行かないと滝沢先生に怒られるよ!」
 そういうと、良美は、コートに向った。圭子も、大急ぎで着替え、その綺麗な長い髪を後ろにまとめると、コートに向う・・・。

 コートに出ると、男子部員や、周りで見ている男子生徒たちの視線が気になった。しかも、スコートを履いている・・・。圭子にとっては、何も履いていないような感覚だった。男だった頃の豪快なフォームでは、打てなかった。腕だけで女子用のラケットを振る・・・。
 それでも、周りの視線が気になって、ボールを打ちそこなう・・・。
 「柴田、何だそのプレーは!・・・いつものおまえは、どこにいったんだ!・・・今日は、もういい、あがれ!!」
 滝沢先生の怒鳴り声が響いた。圭子は、目に涙を浮かべていた・・・・。
 『あれ・・・・なんで僕・・・これくらいで涙が出るんだろう・・・?』
 圭子になった圭一は、頭の中で考えていた・・・。そんな圭子を見つめる男がいることに、圭子は、まだ気付いていない・・・。

 「今日は、どうしちゃったの・・・いつもの柴田さんじゃないみたいだけど・・・。」
 帰り道、良美の言葉に・・・。
 「そうかなあ・・・。」
 何とか答える圭子。
 ふと前を見ると正敏が歩いていた。
 「お兄ちゃん!」
 圭子は、正敏に呼びかけた。振り向く正敏、圭子は、手を振って走り出す。
 「今帰り?」
 「ああ・・・。」
 なんだか元気のない正敏の顔を、圭子が覗き込んだ。
 「じゃあ、圭子、私たち先に行ってるね。」
 良美は、圭子に言った。
 「うん!すぐに行くから。」
 良美たちは、正敏に会釈をすると走って行った。
 「どうしたの?」
 圭子の質問に、正敏は苦笑する。深いため息をつくとこう言った。
 「圭子・・・男の子は、つらいね。」
 正敏は、精一杯の作り笑いをする。それを見た圭子は、つらくなった。『こんな時に、僕は正兄ちゃんの力になれないのか・・・。』と思った。
 圭子は、突然頭の中に、昨日の夜の会話を思い出した。『・・・あの時彼女は・・・。』
 「ねえ、お兄ちゃん昨日、家にビデオが届いてなかった?」
 「いや・・・何も。」
 「そう・・・。」
 『あれ・・・おかしな・・・僕の思い違いなのかな・・・。』
 「それより、友達が待ってるぞ。どこに行くんだ?」
 「うん・・・みんなでケーキを食べに。じゃあ、元気出してね。」
 圭子は、手を振ると友人を追いかけて走り出した。

 ケーキショップで、圭子は、良美たちとおしゃべりをしていた。昨日まで男の子だった圭子には、新鮮な体験だった。
 「圭子、今日は大変だったね。」
 女の子の一人が言った。
 「柴田さん、今日は変だったよ・・・なんだか動きが悪かったし、何かあったの?」
 良美が言った。
 「ううん・・・別に何もないんだけど・・・。」
 圭子にすれば、『スコートが嫌だったから。』とは、言えない・・・。
 「竹内君も気にしてたみたいだし・・・。」
 良美の言葉に・・・。
 「えっ・・・?」
 「そういえば、竹内君・・・よく圭子といっしょにいるよね・・・。それにいつも見てるみたいだし・・・実は・・・なんてね!」
 女の子の一人がはやし立てた。思わず紅茶を吹き出しそうになる、かつては圭一だった圭子。
 「そんな、僕と俊介は、そんなわけ・・・。」
 「柴田さん!」
 良美にさえぎられてしまった。
 「竹内君を気にする気持ちがあるんだったら・・・竹内君の気持ち・・・どっちにするにしても、真剣に答えてあげてね・・・。」
 赤くなって下を向いてしまう圭一・・・。
 「そうか、僕は、村田さんに振られてしまった・・・でも、あれは、中途半端な付き合いをしないという、ある意味僕の ことを考えた村田さんの決断だったのかもしれない・・・。」
 圭一だった圭子は、頭の中で呟いていた・・・。そんな良美に、圭子は親しみを感じていた・・・。

 夜・・・ベットに入っても、圭子は、なかなか寝付かれない・・・今日の女の子たちとのやり取りが、頭の中から離れなかった・・・。
 「今日は、なんだか疲れたなあ・・・今まで知らなかったことが一杯あって疲れたよ・・・。」
 呟く圭子・・・。そして、頭の中に俊介の顔が、浮かんだ・・・。
 「俊介・・・まさかなあ・・・僕は、男の子だったんだし・・・いくらなんでも、親友だった俊介と、それに男とはなあ・・・。」
いろいろ考えているうちに眠りに落ちていった・・・。


 翌日、登校途中の大学通りは、人通りが多い。その中に、圭子の姿もあった。
 「おはよう柴田さん!」
 「おはよ〜!」
 相変わらず、男子生徒に声をかけられる圭子。
 「おはよ〜、圭子!」
 良美が追いついてきた。
 「おはよう!昨日は楽しかったよ!」
 圭子の言葉に良美は、
 「うん・・・でも、あの件は気にしないでね。」
 「う・・・・うん!」
 思い出してしまった圭子。その時、圭子の目の前で、ランドセルを背負った男の子が、大学生とぶつかって転んでしまった。そのまま歩き去っていく大学生・・・。
 「大丈夫?・・・怪我しなかった・・・あっ・・・。」
 助け起こす圭子・・・それを見守る良美・・・。
 男の子は、半ズボンから出た膝をすりむいてしまった。血が出てくる・・・歯を食いしばって口をへの字にして我慢する男の子・・・。圭子は、自分のハンカチを出すと、砂を払って傷口に当ててあげた・・・。
 「はい・・・今は、これで我慢・・・良く泣かなかったね!学校に行ったら保健室に行ってね!」
 男の子は、こっくりうなずいて「ありがとう」と言って走って行く・・・。そんな圭子をニコニコしながら見る良美・・・。その後ろから、俊介が見ていることに、圭子は気付かなかった・・・。
 学校の昼休み・・・。
 「ねえ、柴田さん・・・今日の帰りにちょっと遊びに行かないかい?」
 「ねえねえ、携帯の番号教えてよ。」
 「メルアドは?」
 相変わらず男子生徒が集まってくる。周りの女の子が、一緒になって追い払っている。当り障りなく、圭子が答えていると。
 「おい、柴田・・・。」
 俊介が現れた。驚く圭子。
 「じゃあ圭子、私たち向こうに行ってるね。」
 「ちょっと・・・。」
 慌てる圭子を置いたまま、みんなは向こうに行ってしまった。思わず下を向く・・・。
 「おまえ、昨日からおかしいぞ、昨日の練習・・・あれなんだよ。」
 「そんな事言っても僕は・・・。」
 「インターハイ準優勝の選手が、あんな練習していたら、なめてると思われても仕方ないだろ!」
 「えっ・・・インターハイ準優勝?僕が?」
 「おまえ何言ってんだよ、あたりまえだろう!」
 「男子の?」
 「女子に決まってんだろ!男子は、俺だろ!」
 「あっ・・・そうだったんだ・・・」
 「全く・・・おまえが引っ張っていかなきゃいけないのに・・・しっかりしてくれよ・・・。」
 そう言うと、俊介は、うつむいている圭子の上から下までを見ていた。まだ、何か言いたそうだったが席を立った・・・。

 放課後、練習が始まった・・・。
 コートの脇には、ギャラリーが集まっている・・・お目当ては・・・。
 「あっ・・・・柴田さんだ・・。」
 「やっぱり可愛いよな、スタイル抜群だし。」
 「城南の女の子の中では、一番なんじゃないの?」
 そんな声を聞いて、また動きが悪くなる圭子・・・スコートが気になるし、男の子の視線も気になる。
 「柴田・・・ちょっと!」
 俊介が来て、腕を引っ張って別のコートに連れて行く。
 「何すんだよ・・・。」
 「俺と勝負しろ・・・。」
 「へっ・・・。」
 「俺と1セット勝負しろ・・・負けたほうが、なんでも相手の言うことを聞くということでな。」
 そう言うと、そのコートで練習していた選手を外に出して、自分は、反対側に行ってしまった。
 仕方なしにコートに立つ。俊介が軽くサーブするが、周りが気になる圭子は、腕だけでラケットを振り、また、走らないので、あっさり1ゲームを落としてしまった。
 「なんだよ!それでも準優勝者かよ!人の気持ちも知らないで!」
 とうとう俊介が怒り出した・・・。うつむく圭子・・・その時、テニスウエアーの下で、ペンダントが光った。
 「相手の気持ちを受け止めてあげなさい・・・。」
 あの少女の声が聞こえた。まわりをみる圭子・・・ギャラリーの中に、あの少女がいた・・・。
 「それを付けていると、あなたと私は、心がつながっているの・・・彼の気持ちに答えてあげなさい・・・新しいあなたを受け止めて・・・逃げちゃだめ・・・。」
 圭子は、なんだか吹っ切れた気がした。少女に向ってうなずいた。第2ゲームは、圭子のサーブで始まった。ボールを二・三回バウンドさせると、高く上げる。タイミングをはかるとジャンプして思いっきり打った。絶妙のコントロールでライン一杯に決まる。俊介は動けなかった。周りからどよめきが起きる。
 「こうでなくっちゃな・・。」
 ラケットを回しながら俊介が呟いた。
 また、ジャンピングサーブをする圭子。今度は、俊介も追いつく、しかしその時に圭子がすでにネットについている。スコートがまくれるのも気にせず、フルスイングしてボールを返す。またポイントをとった。圭子は、驚いていた・・・男だったときのプレースタイルを、この体でも出来るのだ。体重のないぶんスピードが上がっている、この体で、打点に早く到達できる。パワーの無い分は、両手打ちや、ジャンプサーブでカバーできる。『これならやれる・・・。』圭子は、そう思っていた。このゲームを圭子が取ると、次のゲーム、俊介は、本気でサーブをしてきた。ボールが唸りをあげて圭子の横を通っていった。
 「竹内!柴田さんを殺すつもりか?!」
 「女の子相手に、ムキになるな!」
 周りで見ている男子生徒が口々に言う。
 心配そうに見守る、良美たち女子部員・・・。しかし・・・。
 「圭子・・・笑ってるよ?」
 良美が驚いた。
 そう・・・圭子(圭一)は、笑っていた。『僕相手にそこまでしてくるか?』そう思っていた。男だった時にも、練習相手になったりしたが、ここまで本気でやり合った事は、無かった・・。そっちがその気なら・・・。
 また、すごい勢いのサーブを打つ俊介、しかし、圭子は、その長いカモシカのような足で素早くボールのコースに立つと、両手で思いっきりフルスイングした。少し、球威に押されたが、ライン一杯にリターンしていた。周りがどよめく・・・。
 「ほう・・・あれを打ち返したか・・・。」
 いつのまにか滝沢先生が来ていた。
 「先生?」
 「男子ナンバー1と、女子のナンバー1・・・なかなか凄い事になるぞ・・・。」
 それからは、先生の言ったとおり、一進一退の戦いになった。ゲームは、どんどん進んでいく。互角の戦いだった。俊介には、すでに女の子相手という考えは無かった。全力で戦っているのに、どこにボールを打っても返してくる・・・。
長い足でボールに追いつき、細い腕をダイナミックに振ってボールを打ち返す・・・そんな圭子と、いつまでもプレーしていたかった。それは、圭子も同じだった。
 周りで見ている男たちも、そうだった・・・スコートがまくれあがるのも気にせずに、豪快なスイングをしてすごいボールを打ち返す、軽快にコートを走る圭子のテニスに魅了されていた。
 しかし、女の子の細いからだの圭子に、俊介に比べていつまでも、運動量の多いプレーは出来ない。最後には、スタミナが切れて、負けてしまった。周りからは、拍手が起きていた。コートに座り込んだ圭子の所に、俊介が来た。
 「ハア、ハア、ハア、負けちゃったけど、楽しかった・・・ありがとう!」
 何とか、話す圭子。俊介は、手を貸して、ベンチまで連れて行った・・・。周りに人だかりが出来た・・・。
 「圭子、すごいよ・・・竹内君を相手にあそこまで。」
 良美が言った。
 皆が口々に圭子を誉める・・・。
 「・・・・」
 俊介は、振り返りながら、その場を離れる・・・『ポン』滝沢先生が肩を叩いた。一礼をして更衣室に行く俊介・・・。

 更衣室で、シャワーを浴びる圭子たち・・・。
 「圭子、本当にすごいよ・・・女の子があそこまで出来るなんて・・・。」
 「そうだよ・・・竹内君・・・本気になってたよ!」
 「そんなこと・・・。」
 心地よい暖かさのシャワーを浴びる圭子・・・白い肌の上をお湯が流れていく・・・。
 「竹内君・・・圭子のことが好きなんじゃないの?」
 「えっ・・・?」
 「だって、普通なら気のない女の子にこんなことしないでしょう・・・。」
 タオルで体を拭きながら話す圭子たち・・・。
 「さあ・・・圭子・・・どうするの?」
 「そんな事言っても、僕は・・・。」
 「だって何でも言うことを聞く約束だったんでしょう?」
 『あっ・・・そうだったんだ・・・』思い出す圭子・・・。
 「とにかく、お誘いくらいは、あるんじゃないの?」
 良美が、笑顔で言った・・・。

 帰り道、圭子は、前に女の人が歩いているのを見つけた・・・圭子の視野の中で、なぜかその女性と正敏の影が重なった・・・あの女の人は・・・・?
 「正美お姉ちゃん!」
 自然に名前が出てきて圭子自身が驚いた・・・。
 「お姉ちゃん、今帰ってきたの?」
 話し掛ける圭子。
 「うん!」
 正敏だった女性は答えると、彼女と一緒に歩き出した。
 駅からの帰り道、圭子は、正敏の今の姿を上から下まで見つめた・・・彼は、彼女同様に美女になっていた。『すっかり変わっちゃったなあ・・・彼女、正敏兄ちゃんを女の人にしたんだ・・・僕との関係が、無くならないようにと・・・。』
 圭子は、笑顔で言った。
 「今日は、大変だったんじゃないの?」
 驚く正敏だった女性。
 「ビデオ・・・届いたでしょ。」
 圭子は、尋ねた。
 正敏だった女性は、驚いて彼女の横顔を見た。
 「新しい自分を受け止めてね・・・。」
 そう言うと、圭子は走りだした。
 「ちょっと待って!」
 呼び止める正敏だった女性。
 彼女は、振り向くと言った・・・。
 「新しい自分を受け止めてね!逃げちゃだめだよ!」
 そう言うと、圭子は、家まで走って帰った・・・何故か涙が止まらなかった・・・。
 その夜、圭子は、夢を見ていた・・・ペンダントが光る・・・。
 夢の中に、あの少女が出てきた・・・。
 「圭子さん・・・あなたは、まだ男だったことに、拘りが残っているの?新しく何かを得ようとするときには、何かを捨てることも必要だと思うの・・・今、あなたが欲しかったものは、なんなの?・・・もう一度考えてみて・・・。」

 翌日・・・圭子は学校に向う途中で、綺麗な女の人を見つけた・・・あれは・・・?
 「お姉ちゃんおはよう!」
 圭子が、声をかける。
 「おはよう!」
 「わっ・・・今日は、きれいだね!!」
 彼女は、今日は、薄くお化粧をして、スカートをはいていた・・・清楚な感じだった。
 正美になった正敏は、にっこり笑う。
 電車の中で、正敏だった正美は、圭子の横顔を見つめていた。圭子は、
 「どうしたの?」
 「ううん・・・なんでもないよ。」
 大学に向かう道で、「はやかわ〜!」と呼ぶ声に、正美と圭子は、振り返った。
 「おっはよ〜」
 田辺涼子が声をかけてきた。田辺は、正美の同級生だ。
 「あっ!早川、今日はスカートじゃない!お化粧もして可愛いよ!」
 正美は、思わず赤くなる。
 「あっ、お姉ちゃん照れてる!」
 「うるさい!」
 正美は、思わず圭子の頭をたたいてしまった。圭子は、けらけら笑っている。
 「早川、いつもそうしてるといいのに。男の子たちもみんな、そう言ってるよ。」
 田辺は、笑顔で言った・・・。その言葉に、圭子は、ドキッとした・・・『そうなんだ・・・僕も男の子に見られる立場なんだ・・・。』
 「今日は、帰りに三人でケーキを食べに行こうか?」
 田辺の提案に、
 「行く行く!ねえ、お姉ちゃんいいでしょ。」
 圭子の言葉に、正美は思わず、
 「うん・・・。」
 うなずいてしまった。
 「おはよ〜早川!何相談してたの?」
 「うるさい!あなたたちには、関係ないの!」
 田辺が、クラスの男子を追い払う。そんな田辺を見ながら、正美と圭子は、お互いを見つめ合って笑った。
 学校につくと、圭子の周りにまた人が集まってきた。
 「昨日は、すごかったね。」
 「柴田さん、今度僕とテニスしてくれない?」
 そんな声に、圭子が答えていると。
 「柴田、おはよう。」
 俊介が来た。ドキッとする圭子、赤くなって下を向く・・・あれ、なぜ僕は・・・。
 「昨日は、楽しかったよ・・・。」
 「うん、私も・・・。」あれ・・・なんで僕は、女言葉なんて・・・。
 「今度さ・・・映画見に行こうと思って、チケット二枚持ってるんだ・・・一緒に行かないか?」
 圭子になった圭一に残っている男の心が『やめろ!』と叫ぶが、彼女の口から出たのは。
 「うん・・・約束だからね・・・行く・・・。」

 放課後、正美や、涼子たちとケーキを食べに行った圭子は、ケーキに手をつけようとは、しなかった。
 「どうしたの?」
 心配する涼子や、正美。
 「あっ・・・さては、好きな子が出来たな!」
 涼子の言葉に真っ赤になる圭子・・・。
 「えっ・・・そうなの?」
 女性初心者?の正美は、驚く。ますます赤くなる圭子。
 「えっ・・・どんな子なの教えて教えて。」
 「それがね・・・。」
 俊介のことを二人に話す圭子・・・いろいろな話をしていくうちに、自分がどんどん女の子らしくなっていくのがわか る。『彼女は、正兄ちゃんを女の子にして、今までの関係が壊れないようにしてくれた・・・約束は、守ってくれたんだ・・正兄ちゃんには、悪かったけど・・・。』そう思いながら話していた。
 「それで、いつデートなのかな?」
 顔を覗き込みながら、正美が聞いた。
 「今度の日曜日・・・。」
 「よし!これから服を買いに行こう!」
 正美の言葉に。
 「そんなことしなくても・・・。」
 「だめよ・・・せっかくのデートなんだから決めていかないとね。俊介君、あなたのブレザーとテニスウエアーしか見 てないんだから。驚かしてあげなきゃ!」
 そう言うと、正美と涼子は、圭子を引っ張るように店を出てデパートに行った。
 「お姉ちゃん、これ少し短くない?」
 試着室から、圭子が顔を出す。
 「それくらいのほうが、いいわよ、圭子ちゃん可愛いわよ!」涼子の言葉に、横で正美もうなずく。
 「でも・・・。」
 恥ずかしがる圭子・・・。
 圭子が着ているのは、白を基調にした花柄のワンピース・・・それは、ミニスカートになっていて、ウエストが、キュッと絞られている。圭子のプロポーションの魅力を完全に引き出していた。
 「これ下さい。」正美が店員に言った。
 「ええ〜っ。」
 「いいの、そのかわりちゃんと着て行ってよ。」
 その後、圭子は、下着まで買ってもらった・・・グッタリしている圭子。
 「圭子ちゃん、本当にしんどいのは、当日だよ〜。」
 涼子が笑っていった。

 デート当日・・・。
 「良かった・・・晴れた。」
 朝起きると、圭子は、窓の外を見て言った。
 早速、シャワーを浴びにバスルームに行く。今では、この体にすっかり慣れてしまった。もう、自分の胸についている膨らみの無かったことを思い出すことすら難しい・・・。いつも以上に綺麗に全身を洗うと、バスルームを出た。『ピンポ〜ン・・・。』
 「圭子、正美さんが来たわよ!」

 正美は、いろいろな化粧道具や、アクセサリーを持ってきてくれた。圭子に、入念なメイクをしてあげる正美。そん な正美に、圭子は感謝していた。
 「髪飾りは、これがいいかな?」
 圭子の綺麗な髪を整えてあげる正美・・・。
 「ペンダントは・・・。」
 「あっ・・・これがいいの!」
 いつものペンダントを取り出す。
 「そう・・・なかなかいいんじゃないかな・・・ちょっと鏡を見て・・・。」
 鏡を見て、圭子は驚いた。その中には、掛け値なしの美少女がいた。買ってもらったワンピースは、圭子の体の美しさを全て引き出していた。そこから伸びる長く綺麗な足。メイクを薄く施された顔も、全く印象が変わっている。
 「これが・・・私・・・?」
 「そうよ!・・・男の子たち・・・夢中になるんじゃないかな?頑張ってよ!」
 正美は、圭子の肩を『ポン』と叩いた。

 待ち合わせ場所に向う圭子を、すれ違う人たちが、みんな振り返る。しかし、今の圭子は、胸を張って歩いていた。
 「超可愛い子だなあ・・・おまえ声をかけろよ!」
 「モデルか、タレントだろう・・・無理だよ。」
 待ち合わせ場所には、俊介が待っていた。まだ、圭子には気付かない。
 「おはよう!待った?」
 「えっ・・・ああ・・・おはよう。」
 驚く俊介・・・そんな彼を圭子は、可笑しかった。
 その日は、俊介は圭子に対してやさしかった。いろいろ気を使ってくれる俊介に、圭子は、しだいに惹かれていった。
 二人は、夕暮れの海岸近くの観覧車に行った。周りには、カップルがたくさんいる。圭子は、言葉が少なくなり下を見ていた。二人がゴンドラに乗り込む・・・
 圭子は心の中では、危険を感じていた。窓の外に目をやる圭子・・・。
 俊介が腕を圭子の肩に回した。俊介を見る圭子。俊介の顔が近づいてきた。自然に目を閉じる圭子。頭の中では、男の心が『危険だ』と叫び声をあげる。しかし・・・二人の唇は、一つになった。俊介の手は、圭子の豊かな胸に手を当てていた。俊介の手のひらに、圭子の胸の鼓動が伝わってくる・・・。圭子の心は、何か満ち足りた気持ちになっていた。そう・・・本当に欲しかったのは、これだった
んだ・・・・と。


 そして、一年後・・・。
 「圭子!早くしてよ!」
 「は〜い・・・ちょっと待ってね!」
 圭子は、スーツを着て、鏡の前で、チェックをしていた。
 「もう・・・始まっちゃうよ!」
 正美が、呆れたような顔をして部屋に入ってきた。
 「お姉ちゃん、おかしくないかな?」
 いろいろ角度を変えてチェックしている圭子・・・この子が、一年前には、男だったと誰が信じられるだろうか?
 「おかしくなんかないよ、かわいいわよ、圭子。」
 そういうと、圭子を促して正美は、部屋の外に出る。
 「正美さん、いつもすいません。」
 圭子の母親が言った。
 「いえ・・・さあ、行こうか?」
 今日は、城南大学の入学式・・・圭子も、いよいよ法学部の女子大生になる。桜の木の下を歩いていく、圭子と正美、校門をくぐると、たくさんの人だった。
 「私も、お姉ちゃんの後輩になったんだね。」
 「そうよ、しっかり頑張ってね。」
 「圭子ちゃん!」
 田辺涼子が、腕に腕章をつけて手を振っている。
 「入学おめでとう!」
 「ありがとうございます。田辺さんは今日は?」
 「私・・・受付のアルバイト!」
 笑いながら言う涼子。そして、
 「ほら、あそこ!」
 指差した先には、スーツ姿の俊介がいた。顔が真っ赤になる圭子。
 「彼も、工学部に入ったんだってね!」
 涼子の言葉に、
 「ほら、行ってきなさい!」
 正美が、背中を押した。
 圭子は、俊介のそばに行った。
 「おはよう・・・。」
 圭子が言うと、
 「おはよう・・・これから、また4年間よろしくな。」
 二人は、お互いを見つめ合って笑った。そして、俊介と腕を組む圭子。圭子の心の中は、満たされていた。そんな 圭子を見て、ニコニコする正美と涼子。圭子は、思った。『私は、18年間男だった・・・でも、今はもうそれも思い出の彼方になってしまった・・・俊介とは、親友から恋人同士になってしまった・・・。』
 俊介を見上げる圭子・・・組んでいるがっしりした俊介の腕が、彼女には頼もしかった・・・。『でも、これが私の新しい人生なんだ・・・これから、また新しい日々が始まるんだ・・・。』
 その二人を見守る人影があった・・・13号館の一室から、白いワンピースを着た少女が見つめていた。彼女は、二人を見てにっこりと微笑むと、窓からはなれて姿を消していった・・・。

それから、城南大学で幽霊が出たという話を聞かなくなった・・・。





尚、この作品は、フィクションであり、登場する人物、団体は、実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。

2001年12月 逃げ馬



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