ブラックバス
(リミックスバージョン)



:逃げ馬



 
昔から人間は、本来そこにはいない生物をたくさん持ち込んできた。最近では、本来はペットとして飼われていたミドリガメや、ルアーフィッシングのために放流されたブラックバスが、生態系を変えてしまうほど繁殖してしまっている。
 そして、今また新しい生物が日本・・・いや、地球に持ち込まれた・・・。

 都内の小さな公園に、青白い光の球体が現れた。光がおさまると、体にピッタリ張り付いた銀色のスーツを着た二人の男が現れた。
 男の一人が、小さな金属製の筒を取り出して蓋を開けた。中から、白く輝く球体状の光が現れた。やがて、光はふわふわと夜空に消えていった。
 「これでよし・・・」
 男が呟いた。
 「明日から、ゲームがスタートだな・・・」
 もう一人の男が尋ねた。
 「ああ・・・どちらが多くのモンスターをハンティングできるか・・・勝負だぞ!」
 二人が笑う。
 やがて、二人は再び光の中に姿を消した。

 高木健一は、警視庁捜査一課の刑事で24歳。まだまだ若手だが、優れた洞察力と、決断力を併せ持っていて、数々の難事件を解決していた。
 健一には、大学時代からの恋人、晶子がいた。晶子とは、同い年だったが、家族ぐるみの付き合いをしていた。お互いの両親は、二人が当然結婚するものと思っていた。
 その日も、勤務が終わってから、健一は晶子と一緒に食事をしていた。二人で話をしていると、次第に将来の話になっていく。
 「ねえ・・・両親がね。おまえたちはいったい何時結婚するんだって・・・うるさいのよ・・・」
 晶子が、健一を上目遣いに見つめながら微笑んでいる。
 「ハハハッ・・・」
 健一が苦笑いをしている。
 「実はね・・・うちの両親もそうなんだよ・・・僕に煩くてね・・・」
 「フフフフフッ・・・」
 「ハハハハハッ」
 二人から明るい笑いが起きた。窓の外を見つめる二人。外には、きれいな星空が広がっていた。流れ星が一つ、夜空を横切っていった。

 「それじゃあ、また明日な!」
 「ああ・・・またね!!」
 夜の学習塾から、小学生の男の子たちが出てきた。
 「さあ、早く帰ってテレビを見ようっと」
 男の子が、前かごにかばんを入れると自転車に跨った。夜の街を自転車で走っていく。
 「コンビニで、漫画の本でも買っていこうかなあ・・・」
 男の子が呟いたその時、彼の目の前に白い光の球体が現れた。ふわふわと彼から少し離れたところに浮かんでいる。
 「な・・・なんだ?」
 男の子は、その光を覗き込むように体を前に出した。その時、
 「うわ〜!!」
 光が、すっと彼を包み込んだ。光が、強くなったり弱くなったり、また、いろいろな色に変わっていく。
 やがて光は、元の白い光に戻ると、すっと空中に浮き上がり空に舞い上がっていく。その後には、セーターと赤いチェックのプリーツスカートに身を包んだ小学校6年生くらいの女の子が倒れている。その横には、かごから放り出されたかばんと自転車が倒れていた。

 翌日の夜。
 深夜の病院に、急患が運ばれてきた。
 若い男性の医師が、小学生くらいの男の子を治療している。
 「もうすぐ楽になるからね。少しの辛抱だよ!」
 医師は、男の子に笑いかけると、腕に注射をした。
 「はい! これで大丈夫だよ!」
 微笑む医師の後ろに、光の球体が現れた。光が二人を包み込んでいく。
 「えっ・・・? うわ〜!!!」
 叫び声を聞いて、待合室にいた男の子の母親が、診察室に飛び込んできた。
 彼女の目に飛び込んできたのは、白衣とタイトスカートを着た若い女医と、見知らぬ女の子の床に倒れている姿だった。

 病院の外に、奇妙な男がいた。銀色の体にピッタリとフィットしたスーツを着て、頭には奇妙な形のヘルメットを被っている。
 男の被っているヘルメットのバイザーには、いろいろな情報が表示されている。
 「このあたりに反応があるんだが・・・」
 『ピピピピピッ』
 ヘルメットの中に警報が響く。男が振り返ると、病院の窓の隙間から光が漏れてきた。
 「そこかっ!!」
 男が、球体に奇妙な形の銃を光の球体向けると、銃から青い光が飛び出す。球体に命中すると、青白い光があたりに広がった。その光が消えた時には、球体も消え去っていた。
 「まずは、一ポイントか・・・」
 『ピッ・・・ピッ・・・』
 ヘルメットに、また、音が響きだした。
 「もう、増殖したのか?」
 男は、夜の街に姿を消していった。

 翌日、健一が出勤すると、警視庁の中はいつもと雰囲気が違った。なぜか、動きが慌しかった。
 「おはようございます。何か、あったのですか?」
 健一が課長に尋ねると、
 「ああ・・・一昨日からなんだが、おかしな電話が多くてね・・・」
 「おかしな電話・・・ですか?」
 「ああ・・・たとえば、突然見知らぬ小学生の女の子が家に来て、『お母さん』と言ったとか、男の医者が勤務していたのに、いつのまにか見知らぬ女医がいたとかね。診察してもらっていたはずの息子がいなくなって、見知らぬ女の子がいたとか・・・」
 「はあ・・・それで、その男の子は・・・」
 課長は、困惑した表情で健一を見つめている。
 「行方不明だよ・・・それどころか、その女の子が、自分が息子だと言っているそうだ」
 「そんな・・・」
 「そうだろう・・・それで、うちとしても困っているんだ・・・手がかりも、まるでないしね!」
 健一も困惑していた。課長の話だけでは、何がおきているのかまるでわからなかった。
 「とにかく、僕も現場に行ってみます!」
 「ああ・・・頼むぞ!」
 健一は、車に乗ると現場に向かっては車を走らせた・・・。

 その日の夜、営業を終えたハンバーガーショップで、若い店長とアルバイトの少年が片付けをしていた。
 「それじゃあ、お先に失礼します!」
 バイトの女の子が、二人に声をかける。
 「ああ・・・お疲れさん! 明日も頼むよ!」
 店長が笑顔で声をかけた。女の子は、扉を開けると帰っていった。
 「さあ! さっさと終わらせようぜ!」
 「はい!」
 二人は、店内の床をモップ掛けしていく。その時、女の子が出て行った店のドアの隙間から、二つの光の球体が店の中に入ってきたことに二人は気がつかなかった。
 バイトの少年の背後に、白い光の玉がふわふわと浮かびながら近づいていく。少年が振り返った。
 「えっ?」
 次の瞬間、光がすごい勢いで少年を包み込んだ。
 「うわ〜!!」
 突然の叫び声に、店長が振り返った。
 「どうした? ゴキブリでも出たのか?」
 しかし、次の瞬間、店長は自分の見たものが信じられなかった。人の形をした光の塊が店の床に横たわっている。
 「なっ・・・なんだ・・・?!」
 そして店長は見た。光がふわふわと浮かびながらこちらに近づいてくる。店長は、言いようのない恐怖心に体が震えていた。
 「あ・・・ああ・・・助けてくれ〜!!」
 必死に出口に向かって店長が逃げる。後ろから、すごい勢いで光の球体が迫る。店長が、ドアの鍵を必死にはずそうとしている。しかし、ドアを開けるより一瞬早く、光が店長の体を取り込んだ。
 「あ・・・ああっ!!」
 彼の体が光に包まれた。短めに刈っていた髪の毛が、するすると伸びていく。
 それと同時に、胸が膨らんで、ウエストがくびれていく。
 「うわ〜!!」
 叫んだ彼の声は、女性の悲鳴になっていた。何とか鍵をはずして店の外に出る。その間にも、体が女性に変化していく。彼の頭の中に、何かが入り込んでくる。そう思った瞬間、彼は道路に倒れこんでいた。

 健一は、パトカーに同乗して街をパトロールしていた。今朝、出勤してから、あちこちの現場を回ってみたが、まったく手がかりは掴めなかった、それどころか、発見された女性がいったい誰なのか・・・それすらわからなかった。
 「・・・わからない・・・」
 パトカーの後部座席で健一は、声に出して呟いていた。突然、
 「アッ・・・あれは?!」
 運転していた警官が叫ぶ。
 「どうした?!」
 健一が体を起こした。次の瞬間、健一は絶句してしまった。
 前方に見えるハンバーガーショップの横のドアが開くと、人の形をした光が、ふらふらと歩き出すと、歩道に倒れこんでしまった。
 「おい! 止めろ!!」
 「はい!!」
 パトカーが急停車した。その時、人の形をした光は輝きがおさまり、光は、球体の形になった。その下には、ハンバーガーショップの制服を来た女の子が倒れている。
 「なんだ・・・あれは?!」
 健一は、思わず懐に手を入れた。ピストルのグリップをしっかり握りなおす。やがて、光の球体は、少しずつ離れていった。
 「彼女を保護しろ!」
 「わかりました!」
 健一の指示で、二人の警官が駆け寄った。女の子を抱き起こすと、パトカーに乗せた。健一は、光の行方を追った。ビルの間を飛んでいく光を追う。
 「くそ!」
 健一は、路地の間に入っていく光の球体を追った。その時、
 『ピッ』
 青白い光線が、球体に向かって飛んでいった。次の瞬間、光の球体は、まばゆい光を放って消えていった。一瞬目を閉じた健一が、再び目をあけると、路地の向こうで、銀色の服を身につけヘルメットを被った男がこちらを見ている。
 「これで、20ポイントか・・・モンスターが増えるのが早いな・・・」
 男が呟く。
 「待て! おまえは?!」
 健一が叫ぶ、しかし、男は闇に吸い込まれるように消えていった。
 「高木刑事! お怪我は?!」
 二人の警官が、こちらに走ってくる。
 「大丈夫だ!」
 健一は、ピストルをホルスターに戻しながら答えた。

 健一が、警視庁に戻ってきた。パトカーから降りた健一は、警視庁がパニック状態になっているのに気が付いた。
 「いったい・・・何が始まったんだ?!」
 健一は、言い知れぬ恐怖感に体が震えた。さっき自分が見た光の球体と怪しい男。あれはいったい・・・健一は、捜査一課の入っている部屋に急いだ。その間にも、たくさんの警官や機動隊員とすれ違う。健一は、胸騒ぎがした。勢いよく捜査一課の部屋のドアを開けた。
 「ただいま戻りました!」
 部屋に入った健一の目に飛び込んできたのは、あちこちのデスクで鳴る電話を、必死に処理している先輩たちの姿だった。
 「いったい・・・」
 呆然とする健一。
 「ああ・・・高木! 帰ってきたか?!」
 課長が叫ぶように、健一に声をかけた。
 「課長、これはいったい?!」
 「さっきから、電話が鳴りっぱなしだ! 光の玉が現れて、男性にまとわりついて、消えた後には女性が残っていると・・・全国的に、その光が現れているそうだ!」
 「なんですって?」
 健一の脳裏に、さっきの光景がよみがえってきた。
 「課長! 僕もさっき、パトロール中にその光の球体を見ました」
 「なんだって?」
 「僕が見たときにも、光が消えた後には、バーガーショップの制服を着た女の子が・・・」
 その時、
 「課長! テレビを見てください!」
 捜査員が、大きな声で言った。皆の視線が、テレビに集まる。テレビでは、東京の街中から記者がリポートをしていた。
 「今、全国各地に、謎の発光体が出現して、男性たちを襲うという事件が多発しています!!」
 紺色のスーツを着て、髪を短く刈り込んだ男性アナウンサーが、興奮気味にテレビの中で叫んでいる。テレビが映し出す画面を見て、捜査一課のメンバーたちは、呆気にとられてしまった。光の球体が、街の中で男性たちを追い掛け回している。男性たちは、かばんを振り回したり、物を投げつけたりしながら必死に逃げ回る。しかし、次々に光の球体に取り込まれていく。人の形を光の塊が、まとわりついた光を振り払おうと、もがいている。しかし、ついには力尽きて道路に倒れてしまった。しばらく光がさまざまな色に変化する。やがて光が空中に浮かび上がると、その下には女性が倒れていた。
 「なんだ・・・あれは・・・?」
 先輩刑事が呟くように言う。
 「僕も・・・あれと同じ物を見ました・・・」
 健一の視線は、テレビにくぎ付けになっていた。さっき見た光景が脳裏に甦る。
 「あっ・・・こちらに光が来ますっ!!」
 アナウンサーが叫ぶ。
 「おい! 逃げるんだっ!!」
 テレビの中で誰かが叫ぶ。
 その声と同時に、アナウンサーとカメラマンが逃げ出した。画面が激しくゆれる。しかし、アナウンサーが光にまとわり付かれた。
 「アア〜ッ!!」
 アナウンサーが叫び声をあげる。その声が、次第に高く澄んだ声に変わっていく。カメラに向かって、光が迫る。
 「ギャ〜ッ!!」
 カメラマンの絶叫が聞こえた。カメラが地面に落ちる。そのカメラの先に、アナウンサーが倒れている。光が空中に浮かび上がったとき、アナウンサーが倒れていたはずの場所には、ピンク色のスーツを着た若い女子アナウンサーが倒れていた。
 「そんな・・・?」
 誰かが呟いた。誰もが、自分の目が信じられなかった。しかし、今、テレビでリアルタイムに外で起きていることを見せ付けられた。
 「なんてこった!」
 課長がテレビ画面を見ながら、吐き捨てるように言った。握り締めた拳は、今にも何処かに叩きつけられるように、ブルブルと振るえている。
 「突然ですが、今、国連で重大発表がありました」
 画面が切り替わり、スタジオでアナウンサーが静かに話す。画面が切り替わると、超大国の大統領が演台に立っていた。
 「今、全世界で、謎の光が人間・・・しかも男性だけを襲うという事件が多発しています」
 大統領が記者会見をはじめた。
 「わが国の研究者が、偶然、光の捕獲に成功しました。その結果わかったのは・・・」
 大統領は、一呼吸置いた。
 「あの光は、地球には存在していなかった生命体で・・・人間の男性の染色体を食料としています!」
 その瞬間、捜査一課の部屋にいた全員が凍りついた。
 「なんだって?」
 健一が呟く。
 「男性の染色体・・・人間の男がエサだと言うのか?!」
 課長が、驚いて叫ぶ。
 「わが国は、他に被害が及ばない南洋諸島に戦力を集結し、謎の生命体を撃滅する準備を進めています。人類の未来のためにも、世界各国の協力を求めます!」
 大統領は、演説を締めくくった。
 「日本の大泉首相は、大統領の演説に対し、コメントを出しました」
 画面が切り替わり、大泉首相が画面にアップになる。
 「わが国も、国際貢献をしなくてはなりません! わたしは、わが国の防衛隊に出動準備を命じました。世界・・・いや、人類の滅亡を防ぐためにも、わが国は可能な限り協力をしなければなりません!!」
 大泉首相が、興奮気味に語る。
 「作戦は、数日のうちに実行されるでしょう。この戦いには、人類の未来がかかっているのです!!」
 首相が力強く話すのを聞いていた刑事の一人が、
 「大泉総理は、防衛隊を強化したがっていたからなあ・・・いいとこを見せたいんだろうな」
 苦笑いしながらテレビを見ている。
 「軍隊を使ってどうにかなるのでしょうか?」
 健一が不安そうに言うと、
 「大丈夫さ! あの国の軍は強力だろう? それに、各国の軍が加われば大丈夫さ!」
 課長がニッコリ笑いながら言った。課長の顔を見ながら頷く健一。それでも、健一の中では不安が消せなかった。
 
 南洋諸島には、数日のうちに世界各国の軍が展開していた。日本の防衛隊の兵士たちの姿も見える。
 「いよいよ、我々の日ごろの訓練の成果を見せる時が来たな!」
 司令官は、上機嫌だ。
 「今までは日陰者扱いだったが、これで世界を救う主役になれるぞ!」
 「まもなく、作戦が始まります!」
 参謀が言うと、司令官は頷いた。

 健一は、捜査一課におかれているテレビの前でその様子を見ていた。テレビの画面には飛行機から何かが撒かれる様子が映し出されている。
 「あれで光を誘い出すのか?」
 健一が呟く。
 その飛行機の後ろの光景を見た瞬間、健一は言葉を失った。飛行機の後ろの空は、白い閃光で光り輝いている。島の上空に光が殺到すると、地上から対空砲火が一斉に火を吹く。しかし、命中した光の球体は、一瞬動きが止まるが、やがて再び島に向かっていく。地上にいる兵士たちが次々に光にまとわりつかれる。
 兵士たちは、光を振り払おうともがいているが、やがてその動きが止まり倒れて動かなくなる。しだいに対空砲火が少なくなっていく。やがて、光がすべて空中に浮き上がった。カメラがその様子を映し出す。地上には、戦闘服を着た女性たちが折り重なるように倒れていた。
 「人間の・・・負けなのか?」
 健一は、ショックで体が震えだした。そう・・・この瞬間、人間の力ではあの光の生命体に太刀打ちできないことが世界中継で人類に知らされたのだった。
 


 ある男子高校・・・。
 その少年は授業を聞きながら、教室の窓から外を眺めていた。窓の外・・・校庭では体育の授業が行われている。窓から見える室内の温水プールでは水泳の授業も行われているようだ。
 彼はボ〜ッと外を眺めていた。その彼の視界の中に、見慣れないものが入ってきた。
 「・・・?!」
 「おい・・・・鈴木! どこを見ているんだ!!」
 先生が教壇から呆れたような口調で声をかけた。しかし、そんな声も彼の耳には入らなかった。次の瞬間、
 「あぶない!!」
 少年が大きな音をさせながら机から立ち上がった。
 「おい?!」
 先生が叫ぶ。しかし、その声を無視して少年は窓際に駆け寄った。教室の中にいる生徒や先生の目も窓の外に向けられる。次の瞬間、全員がその光景に自分の目を疑った。
 光の生命体が運動場で体育の授業を受けていた生徒たちを追いまわしている。生徒たちは必死に逃げるが光の生命体は数が多い。やがてまとわり付かれて次々に運動場に倒れていった。見つめている生徒たちは言葉が出ない。たくさんの人の形をした光の塊がグランドに倒れている。やがて光が浮かび上がると、その下には体操服とブルマに身を包んだ美少女が倒れていた。
 「そんな・・・」
 少年が呟いた。
 健康的な体を体操服に包んだ美少女・・・そんな姿を見ればいつもならドキッとしていただろう。しかし、その美少女はさっきまでいつも一緒に授業を受けたり馬鹿なことを言って笑いころげていた彼の友人たちだ・・・今、彼はその光景を見て恐怖感すら覚えていた。
 突然、室内プールのある建物のドアが開いて生徒たちが飛び出してきた。その後ろから光の生命体が彼らを追いかける。
 「早く逃げろ!」
 少年の近くで誰かが叫んだ。しかし、彼らは次々と光に取り込まれていく。やがて光が空中に浮かび上がるとその下には、スクール水着に身を包んだ美少女たちが倒れていた。
 「くそ・・・ここは男子校だから、やつらにとっては格好の”餌場”なんだ!」
 先生が吐き捨てるように言った。
 大きな音がして突然、教室のドアが開いた。
 「?!」
 その場にいた全員が咄嗟に言葉が出なかった。人の形をした光の塊が教室の中に入ってきてよろよろと歩くと床に倒れこんだ。光が浮かび上がると、紺色のスーツとタイトスカートを着た美人教師が倒れていた。
 「ああ・・・・」
 それを見た少年が震えだした。今、外で起きていたことが自分の目の前で起きたのだ。
 「うわ〜〜?!」
 次の瞬間、教室の中はパニックになった。光の生命体が次々に教室に入ってくると生徒たちにまとわりついていく。しばらくいろいろな色に変化した後、空中に浮かび上がると、セーラー服を着た美少女が倒れていた。
 少年はパニック状態の教室の中で自分を取り込もうとする光を必死にかわしていた。
 「クッ?!」
 誰かが強い力で彼の肩を掴んだ。振り返ると人の形をした光の塊・・・おそらく彼のクラスメイトが彼の肩を掴んでいた。
 「ああ・・・?!!」
 恐怖の表情でその光景を見る少年。自分を掴む腕を振り払って少年は教室の扉に走った。
 「うわ〜〜?!!」
 そして少年は見た。教室の外には2匹の光の生命体が待ち構えていた。彼が男として最後に見たのは、今まさに自分を包み込もうとしている眩いばかりの光だった。
 廊下に人の形をした光が倒れている。その光が浮き上がったときには、ロングヘアーのセーラー服姿の美少女が倒れていた・・・。


 結婚式場。
 和やかな雰囲気の中で結婚式が行われていた。
 「それでは、ここで新婦の友人からスピーチを頂きたいと思います・・・」
 『バタン!』
 突然、ドアが開いた。人の形をした光の塊が床に倒れこんだ。
 「「「キャ〜〜?!」」」
 「「「うわ〜〜?!!!」」」
 式場の中がパニックになった。出席者たちはすぐに事態を理解した。あの光の生命体がここにもやってきたのだ。出席者たちは自分の恋人や夫、子供を必死に逃がそうとしている。テーブルが倒れ、料理やお酒が床に落ちて激しい音をたてている。
 「逃げて!!」
 新婦の悲鳴が式場に響いた。新郎は目を見開いてそれを見つめていた。光の生命体がタキシード姿の新郎に迫る。
 「いや〜〜!!」
 ウエディングドレス姿の新婦が顔を覆った。指の間から新郎の姿を探す。しかし、彼女の目の前には光の塊がまるで息づくように光の色を変化させていた。やがて光が浮かび上がった。
 「ああ・・・そ・・・そんな・・・?!」
 新婦が呟く。
 「・・・うう・・・ううん・・・?!」
 新郎が立ち上がった。自分の体を見下ろす。
 「ああ・・・そ・・・そんな・・・?!!」
 タキシードを着ていたはずの彼は、純白のウエディングドレスをまとった花嫁の姿になっていた。
 パニック状態の結婚式場。その壇上には、二人の花嫁が呆然と立ち尽くしていた・・・。


 そして3ヶ月が経った。
 あの南洋諸島での戦いに敗れた人類は、組織立った抵抗をすることは出来なくなっていった。
 光の生命体は次々に増殖して、世界各国で男性を女性に変えていった。軍や警察は、どうすることも出来なかった。連絡があれば、現場に駆けつけて生命体に向かって銃を撃ち、動きが一瞬止まる間に襲われている男性を逃がす。それが精一杯の抵抗だったが、逆に軍の兵士や警察の人間が襲われて女性にされることも多かった。

 その日も健一は、パトカーでパトロールに出ていた。パトカーから見える街は、普段と変わりないように見える。しかし、街を歩いているのは、ほとんどが女性ばかりだった。健一の勤務している警視庁にしても、いまやほとんど全員が“婦人警官”になってしまっていた。男性は、健一を含めてほんの一握りに過ぎない。男の警官は、パトロール中や襲われている人を助けているときに、光の生命体によって女性にされてしまったのだ。しかし、たとえ女性にされても、生活はしなければならない。女性にされてしまった人たちも、懸命に普段通りの生活をしようとしていた。
 「これから・・・いったいどうなるんだ」
 健一は、窓から見える街の景色を見つめながら呟いた。
 「・・・?」
 突然、健一の携帯電話から着信メロディーが流れ始めた。健一が電話を取った。
 「もしもし?」
 健一が話した瞬間、
 「もしもし! 健一さん?!」
 晶子の興奮した声が電話に響く。
 「晶子さん、何かあったのか?」
 「光が・・・光が父を襲っているの!! 父を助けて!!」
 「すぐに行く!!」
 電話を切ると、健一のパトカーはサイレンを鳴らしながら走り去っていった。

 健一のパトカーが、晶子の家に到着した。ドアを開けると、晶子の家に飛び込んだ。
 「助けてくれ〜!!」
 「お父さん、逃げて!!」
 2つの光の球体が晶子の父を捕らえようと、家の中を飛んでいる。晶子と晶子の母が、必死に箒で光を追い出そうとしている。
 「くそっ!!」
 健一は、ホルスターからピストルを抜くと、晶子の父を救うために球体に向かって発砲した。
 『バン!』
 乾いた音が、家の中に響く。光の球体は一瞬動きを止めた。
 「健一さん?!」
 「今のうちだ! 逃げろ!!」
 健一が叫ぶ。晶子たちは、父親の背中を押して家の外に出ようとした。その時、
 「健一さん! 後ろ!!」
 晶子の悲鳴のような声が響く。健一が振り返ったとき、彼の目には自分を後ろから包み込もうとしている光が見えた。
 「!!」
 健一がピストルをうとうとした瞬間、一瞬早く光が健一を包み込んだ。
 「健一さん!!」
 晶子の悲鳴が家の中に響く。人の形をした光の塊がもがいている。それは、ほかならぬ晶子の婚約者、健一だった。
 「やめて!!」
 晶子が、瞳を潤ませながら叫ぶ。
 やがて、光は健一から離れて飛び去っていった。その後には、婦人警官の制服を着た少女が座り込んでいた。それは、ほかならぬ健一だった。
 「そんな・・・」
 自分の体を見下ろして呟く健一。
 「健一さん・・・ごめんなさい・・・」
 晶子は、健一の変わり果てた姿を見て泣き崩れていた。

 それから半年が経った。
 あれだけ増えつづけた光の生命体は、急速に数が減り、ついにはまったくいなくなった。それと同時に、人間の男性も全くいなくなってしまった。そう・・・人類は、全員が女性になってしまったのだ。
 人々は、子孫を残すために精子バンクに殺到した。しかし、そこに貯蔵されているのも、すべてが女性の遺伝子になっていた。男性の遺伝子を“えさ”にしている光の生命体が、いつのまにか忍び込んでいたのだ。人類には、“男性”を残す手段はもうなかった・・・。
 
 「もう、この星にも奴はいなくなったな」
 「アア・・・結構増えたのでハンティングは面白かったがな・・・」
 二人の男が笑っている。
 「仕方がない。また、ほかの星に放すか・・・」
 男の一人が、手に持っている金属製の容器を見下ろした。二人の男は、青白い光の中に姿を消した。






 ブラックバス(終わり)


 

 こんにちは! 逃げ馬です。
 この作品を最初に書いたのは、去年(2001年)の秋でした。
 丁度”センター・コート”を書き終わって、「正反対のものを書いてみたいなあ・・・」と思って書いてみた作品です。しかし、今読んでみても救いようのない作品ですね(^^;;;
 「それなら、もっとパニックにして、ついでに”コスプレ”だ!」
 と、さらに自分なりにチューンしてみましたが、いかがだったでしょうか?(^^;;;
 変身物が好きな僕ですが、自分の意思に関係なく変身させられると言うのは、これがある意味では始めて・・・なかなか面白かったです(^^)
 それでは、また次回作でお会いしましょう!


 2002年4月 逃げ馬




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