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無題

作:逃げ馬





財部明子(たからべ あきこ)は、外資系電機メーカーDOKKA電子の総務部の社員だ。
年齢が37歳と、総務部でも『古株社員』であるが、本人の前ではそのようなことは、たとえ上司であったとしても言うことはできない。
37歳の独身女性、良い言葉で言えば『キャリアウーマン』という言葉が当てはまるのだろう。
そんな彼女が今、力を入れているのが、『女性へのハラスメント防止運動』だ。
曰く、女性に対して、スタイルのことは言わない。
曰く、女性に対して結婚や男性関係などの、プライベートな話題はしない。
そして・・・・。
曰く、女性を個人的に、食事などに誘わない。

今、彼女はこの要件に『罰則』を加えようと、懸命な根回しを進めている。

今日は、その総仕上げ・・・・・会社の役員会に、彼女と同調した女性社員(いずれも彼女と同じ路線の女性たち)と、それにすり寄る男性管理職を引き連れて乗り込んだ。

「君の出した提案書を読ませてもらった」

社長が困惑した表情を浮かべて、財部を見つめている。

「こんな事が・・・・・できるのかね?」

社長の言葉に、どこか軽蔑の笑いが含まれていることを、プライドの高い財部は敏感に感じ取った。

「わがDOKKA電子のネットワークで、遺跡などからの発掘品や、各国の研究機関で開発中の技術を持ち寄り作り上げました・・・・・オーバーテクノロジーが入っており、動物実験も終わっており、市販は無理ですが社内で使用するのには問題ないかと?」

「しかしね・・・・」

そんなことがと言う社長に、

「では、お試しになりますか?」

財部が言うと、社長は慌てて、

「いや、結構!」

「では今後、社内のセクハラ規定に違反をした社員は、この罰則規定を適用します・・・・・」

よろしいですね・・・・・と、財部は、会議室に居る人たちを見まわした。
誰も、反対意見は言わない。
財部は満足そうに微笑み一礼すると、会議室を後にした。




崎山武雄は、国際調査部の欧米調査セクションのマネージャーを務めている。
マネージャー・・・・・役職としては課長待遇となっており、45歳の崎山には妥当な役職と言えるかもしれない。
彼は『欧米担当』ということになっているが、政治も経済も世界はつながっている。
彼は大学卒業後も、様々な分野・・・・・大学時代からの同級生のルートや、趣味を通じて築き上げた人脈を通じて、強力な情報収集ネットワークを作り上げた・・・・・・それは、大学を卒業してこの会社に就職して23年間かかって作り上げた彼の財産だ。
今も彼は、『夜の飲み会』と称して、そのネットワークに繋がる人たちと、ある時は新橋のガード下の居酒屋で、またある時は、屋台のおでん屋で、またある時は、銀座のすし店で情報交換を交わしていた。
『情報を貰う』と言っても、その対価は金銭で支払うわけではない。
また、『もらいっぱなし』になるわけでもない。
その情報に見合う『何らかの情報』なり『分析結果』を、崎山はその相手に『渡す』ことになる。
しかし、それは『書類』や、スパイ映画に出てくるような『メモリーデバイス』で渡すわけではない。
ましてや、電子メールも近頃は危ない。
それは、会話の中の『話題』としてさりげなく『隠され』、その会話を『受け取った』ものは、自分の頭で改めて調べて真実に近づいて行くのだ。

そんな崎山も、このなじんだ部署を離れる時が近いのを感じている。
近頃、彼の上司・・・・・次長も、部長も、本部長までが崎山の顔を見ると『早く上にあがれ』と言ってくる。
そう、彼はこの仕事が好きで、昇進を拒んでいたのだ・・・・・独身なので、生活の心配をさほどしなくてもよいというのもその理由だったが・・・・・。
そうなると、自分がこの部署を離れた後のことを心配しなくてはならない。
リーマンショックも、最近では東欧とロシアの情勢も的確に分析し、会社にその対策を進言できたこの部署だけに、彼が離れた途端にそのアンテナの感度が下がるようでは、会社にとっても困るのだ。
しかし、その感度の高いアンテナは、彼の個人的なネットワークが大半を占めている。
さてどうするか・・・・?
崎山は、軽く伸びをしながらフロアーを眺めた。
彼の視線の先では、多くの男女が忙しく動き回っている。
崎山は、その一人に目をとめた。
紺色の制服を着た、スタイルの良い女性・・・・・桐村静香、東都大学からこの会社に入って3年目の女子社員だ。
名門大学の卒業生だが、固定観念にとらわれることもなく、考え方に柔軟性があり、人当たりも良い。
何よりも、崎山が彼女を高く買っているのは、優等生はわからないことを隠そうとするが、彼女はわからないことは『わかりません』とはっきり言えることだった。
これは、この仕事では大きな素質だと彼は思っている・・・・・相手だって、こちらが『知っている』ことを、なぜわざわざ話題にするだろうか?
彼女を、『ネットワーク』に組み入れるか?・・・・崎山はふと思った。
彼女をネットワークに組み入れれば、彼女は崎山の人脈にアクセスでき、崎山がこのセクションを離れても、彼に分らないことに対する解説を求めることができる。
彼は、『答え』は教えないスタイルだった・・・・・それは、それぞれの経験年数で、それぞれの答があってよい・・・・・彼は、そう思っていた。
彼がするのは、その答えに対する『補足説明』だ・・・・・その分析結果の手柄は・・・・・彼の部下のものだ。
部下の手柄を自分の手柄にしたい上司は多い。
しかし、崎山はそんなことにこだわるつもりはなかった。
崎山は、書類のコピーを終えて、席に戻ろうとする桐村を呼びとめた。

「桐村君?」
「はい?」
「今日、会社が終わってから予定はあるかな?」

よかったら夕食を食べに行かないか?・・・・・君に会わせたい人がいるんだ。 崎山が言うと、桐村は微笑みを浮かべながら、

「よろしくお願いします」

頭を下げた。
ポニーテールにまとめた黒髪が、大きく揺れた。



その夜、崎山は桐村を伴って、銀座のすし店に向かった。
店内では、新進気鋭の経済学者や、貿易会社や石油会社の社員、銀行のディーリングルームに勤務している若いサラリーマンが、彼らを待っていた。
崎山は桐村を彼らに紹介すると、店員を呼んでビールや料理を注文した。
この中でただ一人の女性、桐村にお酒をお酌させるわけでもなく、料理を注文させるなどの幹事役をさせるわけでもない。
崎山は桐村を、居並ぶ人たちと同じように扱い、時には「君はどう思う?」と、彼女の意見を求めたりするのだ。
桐村にとっては、この席は『知識の鉱脈』を掘り当てたようなものであったろう。
崎山は、居並ぶ人たちの話に耳を傾ける桐村の横顔を見ながら、微笑みを浮かべた。



それから数日後、崎山は会議室に呼び出された。
会議室の中では、財部が中央に座り、その両脇を女子社員達が固めている。

「ハラスメント対策委員会では、あなた・・・・・崎山武雄を、女子社員を食事に誘った罪で、女性化の処罰を与えることを宣言します!」

「ハッ?!」

崎山は、わけがわからないというように、周りを見回した。

財部が厳かに言い渡す。

「あなたが、女子社員を食事に誘ったと、ある社員から告発がありました。 上司であるあなたに誘われると、女子社員は断ることができません。 したがって、当然女子社員は不快な思いをしたであろう・・・・・・告発をした男性社員は、そう言っていました」

財部が、大きく息を吸い込んだ。

「したがって、これからあなたは女性になっていただき、その彼女と同じように、女子社員として働いてもらいます」

「馬鹿な、そんなことがあってたまるか!!」

叫ぶ崎山は、首筋にかすかな痛みを感じると同時に、強烈な眠気に襲われた。
麻酔薬・・・・・そう思った崎山は、そのまま床に倒れこんだ。




崎山武雄は、銀色のカプセルに入れられていた。
スーツは来たまま・・・・・全ては、彼が倒れた時のままだ。

「じゃあ、お願い・・・・・」

財部が、白髪頭の白衣を着た男に顎をしゃくった。
男はずり落ちそうなメガネを指で上げながら頷くと、装置のボタンを押した。
ブーンという、聞き取りにくい低い音が部屋に響き、カプセルの中を赤・青・黄色・緑と様々な色の光が照らす。
しばらくすると、カプセルの中で眠る崎山の体に変化が起き始めた。
浅黒い肌は、抜けるように白くなり、白髪の混じった短い髪は、美しい黒髪になるするすると伸びていく。
体は二回りほど小さくなり、それとは反対に、胸とお尻が大きくなっていく。
灰色の男性用のスーツは、ズボンがタイトスカートに変わり、Yシャツは清潔な白いブラウスになった。
今、財部の目の前でカプセルに入っているのは、二十歳そこそこの可愛らしいOLだった。
やがて、カプセルから放たれていた光も、音も止まった。
カプセルのふたが開くと、中で眠っていた女性が、その体を起こした。
ブラウスの胸元を、形の良い胸のふくらみが押し上げている。
崎山は、白く小さな掌で、その胸を掬うように触った。

「胸がある・・・・・」

そして、その手をタイトスカートの股間のあたりに滑らせた。

「・・・・・・なくなっている・・・・・・」

その時、カプセルの横では、財部が白衣の男の胸ぐらを掴んで、揺さぶっていた。

「どうして、わたしよりスタイルが良くて、かわいくなっているのよ?!」

これじゃあ、罰にならないじゃない!・・・・・財部がヒステリーを起こしている。

「そんなことを言われましても・・・・・」

この装置は、返信後どうなるかまでは、調整できないようです・・・・・男が困惑をした表情を浮かべた。




財部は、男たちを次々女性に変えていった。

曰く、女性をお酒の席に連れて行った。
曰く、廊下で立ち話をした。
曰く、女性をじっと見ていた。

ハラスメント対策委員会への告発は、なぜか女性からの告発ではなく、男性たちがライバルを追い落とすための手段として使われるようになっていった。

そして・・・・・。

いつの間にか、この会社から男性社員は消え去ってしまったという。
その後、財部がどうなったかは・・・・・定かではない。






無題

(おわり)




作者の逃げ馬です。
久しぶりに? 『ダーク逃げ馬』が下りてきたので、勢いで一気にSSに仕上げてみました。

きっかけは、今後執筆予定の長編作品を書くための取材で、いろいろな方の話を聞いていて、「会社の人間関係は昔(2000年以前)とずいぶん変わってしまった」という話題を頻繁に聞きました。
その中の一つの話題をネタに、SSに仕上げました。
規則を作るのは大いに結構でしょうが、それが仕事の発展を妨げるようでは困りますよね。
『ノミニケーション』は、最近では否定する方が多いようですが・・・・・逃げ馬は、いささか疑問に思っています。
逃げ馬自身は、先輩たちからその席で『多くのもの』をもらったような気がするので・・・・・。

取材に協力していただいたみなさんでは、この場を借りてお礼を申し上げます。
いただいたいろいろな話題に対して、逃げ馬なりの答えを『小説』というかたちで答えていきたいと思います。


それでは、今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
また、次回作でお会いしましょう。

なお、この作品に登場する団体・個人は、実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。




2014年6月21日

逃げ馬








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